BACK TO THE COUTURE

再生され、再定義されるクチュール。
ISSUE 2
PHOTOGRAPHY HEDI SLIMANE
BACK TO THE COUTURE 1

BACK TO THE COUTURE 2

BACK TO THE COUTURE 3

BACK TO THE COUTURE 4

BACK TO THE COUTURE 5


最も手が込んでいて、最も繊細で精密で、最も高級といわれている服の最高峰がクチュールである。その存在はファッションショーの写真などを見て知り得たとしても、それらクチュールピースを手に入れる機会は皆無に等しい。ごく限られた顧客たちをターゲットにした、一般的には手の届かないファッション界の聖域ともいえるが、残念ながら昨今ではその需要や顧客数が減少し、クチュールラインをストップするメゾンも多い。YVES SAINT LAURENTも例外ではなく、2002年以降はプレタポルテラインのみを発表してきた。しかし、あれから十数年の時を経て、エディ・スリマンの手によってSAINT LAURENTがクチュールにカムバックすることが発表されたのだ。

クチュール再生の構想自体は、エディがクリエイティブ・ディレクターに就任した2012年からすでに練られており、ここで紹介しているクチュールキャンペーン「RUE DE L’UNIVERSITÉ」の舞台にもなったこのクチュールハウス自体も、約3年を費やして改装が行われたという。ハウス内には、エディがコミッションしたアーティスト、ガース・ワイザーによる絵画作品や、エディによって揃えられた家具コレクション、そして歴史家のアドバイスを基に復元された庭園など、そのどれもが丁寧に、慎重にセッティングされている。アトリエはクチュールサロンの上階にあたる3階と4階に位置し、ドレスメーキングの「ラトリエ・フル」、テーラリングの「ラトリエ・タイヨール」の二つから構成される。そこでは顧客たちへのクチュールピース制作だけでなく、映画スターやミュージシャンたちへの衣装制作もが行われるという。

SAINT LAURENTの新生クチュールには、既存のクチュール概念を覆すいくつかの“非常識”が用意されている。まず、ファッションショーは開催されない。それはクチュールピースが一般公開されることは基本的にはない、ということを意味している。従って、クチュールメゾンと顧客の対話によってのみ生まれるパーソナルな服こそが、SAINT LAURENTの新しいクチュールピースの在り方なのである。さらなるサプライズは、ウィメンズだけでなく、メンズのクチュールピースも制作されるという点だろう。ここにはファッションにおけるジェンダーを解釈する上での、エディ独特のラディカルな考えもが見てとれる。ドレスやタキシード、イヴニングウェアからデイウェアまで、プレタポルテラインの如く、あらゆるタイプの服がこのクチュールラインにおいて制作されるのだ。

1962年、ムッシュ イヴ・サンローランとピエール・ベルジェによって創設されたYVES SAINT LAURENT。彼らが創り上げた伝統を継承しながらも、現代社会と真っ向から対峙し、斬新なアイディアと価値観をもたらしながら2012年よりメゾンを引き継いだエディ・スリマン。そして今年7月に発表されたこのクチュールラインの再生。それは単なるニュービジネスのローンチではなく、新たなファッション表現の幕開けであると同時に、プレタポルテの在り方を再定義してきたエディによる、現代におけるクチュールそのものの再定義という、大いなる挑戦でもあるのだ。顧客としてハウスに潜入する以外に、どのようにして目にすることができるのかは定かではないが、幻のクチュールピースを目撃することのできる瞬間を静かに待ちたいと思う。

TEXT JUNSUKE YAMASAKI