KATIM

21世紀のシンデレラシューズ。
ISSUE 5
PHOTOGRAPHY DAISUKE HAMADA
INTERVIEW TEXT RISA YAMAGUCHI
KATIM 1

DURHAM ¥49,000 BY KATIM (PEACH)


KATIM 2

PRINCIPALE ¥43,000 BY KATIM (PEACH)


世の中には靴にまつわる諺や名言が沢山溢れている。「素敵な靴を履くと、素敵な場所へ連れて行ってくれる」「その人が履いている靴は、その人の人格そのものを表すものである」。一歩前に踏み出す勇気と自信を与えてくれる靴は、現代社会を生きる女性達にとっては欠かせない存在なのではないだろうか。そして強い味方である一方、時に“痛み”が伴ってくるのも悲しい現実だ。そんな“痛み”に着目した一人の女性が、約一年半前に立ち上げたシューズブランド、KATIM(カチム)が注目を集めている。デザイナーの小坂英子は、ドイツの整形外科靴の専門学校に通い、靴と足に関する深い知識を身に付け、「中身からデザイン」されたシューズを発表し、女性達から熱い眼差しを受けている。

1980年3月18日、東京都世田谷区に生まれた小坂英子は、生まれて間もなくして、父親の仕事の都合でイギリス・ロンドンへと引っ越す。「幼少期をロンドンで過ごしたので、名前が『英子』なんです(笑)。あまりにも幼過ぎたので、当時のことははっきりと覚えてないんですよね。その後、東京に戻ってきて5歳くらいから中学三年生まで長野県に住んでいました。当時は、本当にわんぱく娘で、短パンしか履かないし、鏡も見たことがないような子でした。勉強もあまり得意ではなかったですし、田舎だったのでよく川で遊んでいましたね(笑)。高校入学と同時にまた東京に引っ越して、そのままファッションと関係のない大学に入学しました」。

そんな彼女がファッション業界に足を踏み入れた最初のきっかけは、大学生時代にアルバイトをしていたGAPだった。「当時のアルバイト仲間が、裏原宿のお店で働き始めて、私も一緒に働き始めたんです。大学を卒業するタイミングで働いていたお店が潰れてしまい、その時にちょうど前職の会社(VISVIMを運営するキュビズム)に誘ってもらいました。VISVIMでは、海外チームとやり取りをしなければいけない部署に配属されたので、英語は就職してからかなり上達しましたね」。

VISVIMで働いていた彼女が、何故シューズブランドを立ち上げようと決意したのだろうか? 「元々、前職では海外生産の仕事をしていたので、靴に関しては工業的に出来る過程を知っていたんです。割と洋服が好きでアパレルに就職したのですが、30歳を過ぎてから着たい洋服を着るよりも、似合う服を選ぶようになってきて、あまりブランドにも拘らなくなってきたんです。でも『何かを発信したい!』という気持ちはずっとありました。靴は身に着けるモノの中で唯一痛くなりますし、その足の痛みと靴に関する知識を身に付けたいと思い、整形外科靴の専門学校に通いました。結局、ハイヒールである以上、痛くならないのは不可能だということを一年かけて納得したのですが(笑)。ならば、痛い要素をデザインで取り除いていってあげてみてはどうだろうと思い付きました。ある程度年代を絞った100タイプくらいある、日本人の足のサイズデータを取り、それを全部一つのサイズに縮小して合成し、足の形の平均的なラインを算出しました。それを立体的にしたモノに、踵の高さを付けた木型を作ったのが最初ですね。日本の靴業界の横の繋がりも出来て、そのタイミングで現在生産管理として一緒にKATIMを作り上げている平林路子さんと出会ったのが大きかったです。自分が持ち合わせている資料の平均値を分析し、それを彼女が木型で削り、『木型が出来たから靴にしてみよう!』といって完成した靴を履いてみたら、想像以上に納得の出来るものだったので『製品化してみようか!』という流れになりました」。

いざ、日本でブランドをスタートさせようとした際、彼女の目の前に立ちはだかったのが独特の浅草文化だったと振り返る。「日本の靴の産業は関東だと浅草、関西だと神戸なのですが、浅草という独自の文化が分かっていなかったんですよね……。紹介じゃないと引き受けてくれなかったり、職人さんはウェブサイトも無いですし、ファックスすら送れない所も多いので、直談判しないと出会えないんです。なので、横の繋がりが無いと本当に大変だと実感しました。『オーダーしたのに作ってくれないってどういうこと!?』と思うのですが、マナーが独特で、職人さんは気難しかったりしますし、日本の靴の産業は分業なんです。革屋さんがいて、それを切る人がいて、縫う人がいて、組み立てる人がいて、それを綺麗に仕上げる人がいて……。そのほぼ全行程において、それらを自分達で持って行って回らなきゃいけないんです。支払いも全て現金だったり、初めてのことばかりで、馴染むのに本当に苦労しましたね。工場にお願いすればいいのですが、私が立ち上げた時は、何足のオーダーが付くのかが分からなかったので、最初はそうした方法しかなかったんです」。

シューズ業界に突如現れたKATIMは、紆余曲折しながらも、現在では多くのブティックで展開されるまでに成長した。「KATIMは、日本の工芸品みたいな機能美と造形美が融合されているようなイメージで制作しています。写真だと綺麗に見えるのは当たり前ですが、実際に生活する中で立ち姿も歩く姿も美しく見えるように作っています。素材選びも割と時間を掛けて選ぶのですが、日本人にしか出来ない丁寧なパッケージングだったり、一手間を加えることを心掛けていますね」。

「普段のライフスタイルに取り入れて頂くために歩き易いシューズを考案したので、どんどん履いて欲しいです」。歩くことを前提に制作されているKATIMの靴には、彼女に縁のある道と、モデルのコンセプトに合っている道の名前が付けられているという。「例えば、踵がピンヒールの靴は、青山の骨董通りを歩いている女性はピンヒールを履いているイメージがあるので『KOTTO』とか。『DURHAM』という靴は、爪先の細かいメッシュ部分を一枚革で手仕事で編んでいて、履き口もヴィンテージを思わせるカットワークにしているので、幼少期ロンドンで住んでいた家の前の通りの名前を付けました。ちなみにKATIMというブランド名は、造語だと商標が取り易いというのは知っていたので、造語がいいなと思っていたんですが、ネーミングセンスが全くないのです(笑)。そこでヒールを履いている時の足音の『カチカチ』と鳴る音からヒントを得たんです。本当は『コツコツ』だと思うのですが、それだと『KOTSUM』になってしまうので(笑)。足を前に踏み込む時の『ム』を合わせてKATIMになりました。ブランドを立ち上げた当初は、不安だらけでどの層の人達に受け入れられるのかも分からなかったのですが、蓋を開けてみたら20代から50代まで、様々な方々からお問い合わせ頂けるようになったので本当に嬉しかったです。今後はシューズのヴァリエーションも勿論増やしていきたいですし、足あたりや手仕事の美しさを大切にしているので、足の平均サイズから少し外れる方にも対応出来るようなサービス、メンテナンス業なども展開していきたいですね」。

「うちの靴は置いている時と、履いた時の印象が全く違うので皆様に驚いて頂けるんです」。そう話す彼女の言う通り、こんなにも実際に履いた時とイメージが異なり、足にフィットする感覚と安定感を得られる靴は、私自身も初めての経験だった。足に吸い付くレザーの素材が心地良く、足首からふくらはぎにかけてのラインを美しく魅せてくれるKATIMの靴は、現代社会を生き抜く女性達の救世主となるに違いない。


KATIM.SC