KUDOS

ホワホワ。ポエティック。
ISSUE 6
PHOTOGRAPHY & STYLING TSUKASA KUDO
INTERVIEW TEXT RISA YAMAGUCHI
3 歳の時にイチロウ君という男の子に恋をして、自分がナチュラルゲイだということに気付きました」。そう話すのは、パリやロンドンでパタンナーとして経験を積み、今春日本に帰国したばかりのファッションデザイナー工藤司だ。「作品を見てもらいたい」という彼からのメールを本誌編集長が受け取り、オフィスで初めて顔を合わせることになったのが約4ヵ月前。正直、服そのものよりも彼自身のキャラクターに関心が向き、彼が『THEM MAGAZINE』の編集者と同郷であることも分かり、昔からの馴染みのようにお喋りを楽しんだことを覚えている。

本インタビュー取材にあたって、少し真面目な会話もしたのだが、“ホワホワ”している外見と口調からは想像出来ない、芯の強さを伴った発言が、彼の魅力をより一層引き立たせていた。所謂「僕、デザイナーです」的なスカした雰囲気は全く醸し出さず、ミーハーな部分は素直にさらけ出す等身大の姿がとってもチャーミングなのだ。新宿二丁目のバーで会った時は、お酒とダンスで盛り上がり、さり気なく周りの様子を気遣う優しさも垣間見ることが出来た。話せば話す程、知れば知る程、誰もが彼の不思議な雰囲気に引き込まれていくのだ。

「三人兄弟の末っ子でとてもボーイッシュな姉が二人いて、僕が一番ガーリーだったんです。両親はそんな僕のことを『そのままでいいよ』と言ってくれて、セーラームーンごっこなどをしていました。今思えばそう育ててくれたことは凄いことだなと思いますね(笑)。両親が共働きだったこともあり、学校が終わるとおばあちゃんに付いて行ってました。おばあちゃんはヨガ教室に通っていたので、まずはそれが終わるのを待つんです(笑)。次に、祖母は自分の着る服を全て仕立屋さんでオーダーメイドしていて、沖縄の仕立て屋なので市場の一角にあるのですが、その仕立屋さんに連れて行かれて、そこで作られる洋服達を見て『凄いな~、綺麗だな~』と思っていました。沖縄は暑いのでスーツを着ている女性は少ないのですが、おばあちゃんはちゃんと着ていて、周りの大人と違って着飾るというか、おばあちゃんの芯の強さを感じましたね」。

祖母の影響でファッションに興味を持ち始めた彼だが、高校時代の留学先でその気持ちがさらにエスカレートする。「高校は進学校に通っていたので、ファッションに興味がある子が全くいなくて……。でも僕は好きだったので、制服のズボンを細くしたり、シャツの丈を短くしたりしていました。一つ下の学年にTHEM MAGAZINEの(大城)壮平君が入学してきて、突然『あの、すみません、ファッション好きなんですか?』と声を掛けられたのがきっかけで仲良くなりました。その頃、アメリカに留学をして黒人の家にホームステイをしていたのですが、色々なことがカルチャーショックで……。寝る時もMTVを流していたり、本当に24時間ずっとヒップホップが流れている環境で、しかもそれぞれの部屋で音楽が流れているので、廊下では色々な音が混ざり合っていて、本当に今までの自分の価値観が全て変わりました。トランクスやTシャツにもパリッとするまで丁寧にアイロンをかけたり、とても感動したことを覚えています。そこからブラックアメリカンのカルチャーに憧れていて、だから今でも大きいTシャツが好きなんだと思います」。

帰国後、彼はパーソンズ美術大学に行くことを夢見たが、両親の説得もあり、ひとまず日本の学校に通うことを選択。「文化服装学院のオープンキャンパスに行ったんですが、凄い奇抜な人が沢山いて、それに気負けしちゃって『これはやられるぞ』と思ってやめました(笑)。それで専門学校ではなく、早稲田大学に入学したんです。大学に繊維研究会というサークルがあり、そこにも説明会に行ったのですが、『身体とは?』『着用する心得とは?』など凄く難しくて、『これはまた負ける』と思ってやめました(笑)。在学中も変わらずファッションは好きだったので、卒業後はアントワープ王立芸術アカデミー(以下アントワープアカデミー)に行くことに決めました。僕自身が奇抜なファッションをしていたわけではないので、『何で急にファッションなの!?』と同級生は物凄く驚いていましたね」。

念願叶ってファッションの道へと進んだ彼だが、すぐに挫折を味わうことに。「アントワープアカデミーに入学するまでは服を作ったことがなかったので、他の生徒達は専門学校を卒業してから来るので、自分だけ作れなくてストレスフルな毎日でした。通っている内に僕はウェアラブルな服が好きで、アントワープアカデミーとの思考とは少しズレているなと感じ始めていました。それで中退を選んで、ちゃんとした服作りを学びたいと思い、パリにある小さな学校に通うことにしたんです。そこはパターンだけを教える学校で、デザインの授業が一切無く、ひたすら先生が絵型を渡してそれを作るという作業だったので、基礎を学び、ルールを沢山知り、ファッションの中での秩序を知りました。アントワープアカデミーだと『見たことないモノを創れ』などと言われますが、パリで学んだのは、例えばミリタリーウェアだったら『何故ここにポケットが付いているのか?』『銃を挟むために必要な要素だからポケットが付いているんだ』など、そこには本当のルールがあるんです。あえてそのポケットを外側に付けたら違った意味にもなりますし、知っているからこそ出来ることだなと実感しました。その当時、JACQUEMUSでインターンを始めたのですが、パタンナーが一人しかいなくて、他はパターンの知識が無い学生ばかりでした。工場から結構雑なサンプルが仕上がってくることもあったのですが、その時に『ここの縫い方が違う』というような発言が出来たことでナメられなくなりましたね。デザインと全く関係ないことを学んでいましたが、工場や生地屋さんと共通の言語で話せて、上辺だけではなく、それは凄く必要なことだと感じました。好き勝手やるデザインよりも過程を理解して『わざと崩しているんです』とした方が筋が通っているなと思いましたね。Y/PROJECTでもインターンをして、そのままバイトもしていたのですが、パターンに疲れ過ぎてしまい『そろそろデザインをやりたいな』と思い始めていたんです。自分の周りには活躍している人が多く、コレクションも発表していたので、僕はパリに行ったらショーなどをやりたかったのに『あれ? (洋服を)作らずに卒業しちゃったよ!』と焦りました。パターンをやり続けてもデザイナーになるのは難しいと思い、何か始めようと決意して、仕事から帰ってきたらパターンを引いてサンプルを作ったりしていました。それまでは誰かのデザインを起こしていたので、生まれて初めて自分自身のコレクションを作ったんです。僕の場合は、自分の都合で勝手に作っているだけだったので、『写真を撮って欲しい』といったお願いを誰にも言えなくて……。ただ、写真は昔から撮り続けていたこともあったので自分で撮影し、スタイリングもしました」。

次のステップへと準備を進めていた矢先、彼の元に朗報が飛び込んでくる。「色々な所にメールを送っていて、その時にJW ANDERSONから連絡が来たんです。しかもその役職がパタンナーではなくデザインチームだったので、面接を受けに行き、運良く受かったのでロンドンに移りました。その期間は自分自身の服作りは一旦お休みし、今年3月に(JW ANDERSONとの)契約が終わったのでまたパリに戻り、その間に服を全部制作して撮影なども終わらせ、日本に本帰国しました。帰国後、意味のある人に服を見せなきゃと思い、以前から(本誌の)山﨑さんを知っていたので、連絡をして作品を見て頂きました。日本に帰って来て初めて人に見せたんです」。

メンズウェアのパターンには沢山のルールがあり、そのルール通りに従うと、フォーマルな作品に仕上がるという。不完全なモノにこそ魅力を感じるという彼は、独自の方法を模索中のようだ。「僕はマスキュリン系に興味が無く、あえて全てのルールを少しずつ壊すことを心掛けています。でも、結局フィッティングで着せて『カワイイ』と素直に思える感情を大事にしているんですけどね(笑)。今シーズンは『たぶん悪魔が』と『ドイツ零年』という二つのイタリア映画からインスパイアされたのですが、どちらも主人公の少年が最後に死んでしまうんです。その少年達が死んだ後の物語を自分で考えて、一番のバッドエンドから人はどう立ち上がるのか、ということを服に反映させてみました。例えば、肩が破れているジャケットの中にカラフルなニットを着せることで何かをまた始めたいという意思を伝えたり、物凄くパーソナルな部分で制作しましたね」。自らの名前に一捻り加え、さらに英語で「賛美」「喝采」といった意味を持つKUDOS(クードス)というブランド名で服作りを本格的にスタートした彼は、最近「誰のために、何のために服作りをしているのだろう?」と真剣に考え始めるようになったという。

「僕は『服は服』という考え方で、服は結局プロダクトでしかなくて、その服を人が着て初めて成立すると思うので、洋服がハンガーに掛かっているのを見てもあまり魅力的に感じないんです。人が着た服、動いている服に興味があって、人が嫌だなと感じるようなディテールや動き辛い服が嫌ですね。あまりデザインを強調しているのは得意じゃないのかなと思います。今回ヨーロッパサイズで作ったので、日本人の男の子が着ると全く印象が異なるので凄く面白かったです。日本のサイズで服を作ったことが無かったので、日本のパタンナーさんに作って頂いたサンプルを見て『こんなに小さいんだ!』と驚きました」。

自ら写真撮影も行うため、被写体のキャスティングにもかなり注力しているようだ。「INSTAGRAMで格好良い子を探すのは簡単になりましたが、自我が強い子が多くて(笑)。モデルに起用するポイントとしてはフォロワーが少なく、セルフィーをあげていないこと。そして『モデルです!』と全面にアピールをする子が苦手で、タグ付けの写真も数枚しかないのに、色々探すと顔が整っていたり、スタイルが良かったりする子が好きです。ただ、今は自分で撮るのが上手い子が多くて、会ったら全く雰囲気が違うことも多いですね。KUDOSを着せることによって、自分自身の可能性に気付いていない人が変わってくれることで、僕自身の存在意義を感じるというか。既に気付いている人に自分の考えや服を着せる必要性は無いと思っているので、自分が入れる隙がある人が好きですね」。

「パリの街から流行りが伝わってくる環境は無かったですね」と話す彼が、帰国して一番驚いたことがあるという。「日本にいたら流行っているブランドが街で見られるので、『本当にVETEMENTSって流行っているんだ』と知れたのが面白かったです。海外の人はある程度の富裕層じゃない限りブランドを着ている人は少なくて、皆が何を基準に選んで買うかというと、サイズ感や丈感などで選んでいて、自分の体との付き合い方が凄く上手なんです。パリにGUERRISOLというチェーン店の古着屋さんがあって、5年前位に流通していた、ただの汚い服が売っているお店なのですが(笑)。Tシャツが1ユーロ、シャツとデニムが3ユーロ、アウターが5ユーロみたいな値段設定で、週末になるといつもそこで服を揃えてました。僕の友達も、安くて自分のサイズ感に合っているお店を突き詰めていて、人に比べて足が短いからこの丈感しか買わない、などのルールを持っていましたね」。そんな彼は、基本的に自身が着る服については悩みたくないと話す。「同じ白いTシャツを沢山持っていて、このボトムスを穿く時はここの会社のXLサイズ、というように細かく決めています。絶対にそれは外さないですね。自分の中でTシャツの会社にはランクがあって、大事な日はHANESのBEEFY-Tを着たり、首のリブが太くてフォーマルでも着られるPRO CLUBというアメリカのTシャツ会社のものを着たりしますね」。

さらにスタイルを持っていると思う人物について尋ねたところ、彼らしい答えが返ってきた。「自分の生活、体、生き方などに幾つかルールがある人ですね。デイヴィッド・ホックニーや白洲次郎みたいな。あと、凄くファンだったアーティストのテレンス・コーは、実はこのコレクションに深く関係しているんです。彼は以前、メディアで『白い服しか着ない』と断言していたのですが、このコレクションを作る際に『人が服を着ることに関してルールを設けている人は誰だっけ?』と考えた時に彼が思い浮かんだので、ウェブに掲載されているメールアドレスに『テレンス、まだ白い服を着てる?』と連絡してみたんです。そしたら数日後に『僕はもう白い服は着てなくて今はアートシーンではなく、ロサンゼルスの山奥でワークウェアばかり着て農業しているよ』と返事が来ました。それがめちゃくちゃ衝撃的で、『着てないんかい(笑)』と思ったのと同時に、『人の価値観は凄く移ろい易くて、絶対的な価値観なんてものはそもそも存在しないのかもしれない』と思ったんです」。それからテレンスと頻繁に連絡を取り合うようになり、「彼はいつも手書きで返事を書いてくれて、それをスキャンしてから送ってくれるんです」と嬉しそうに写真を見せてくれた工藤司。テレンスにメールを送ろうと思った経緯や今後の野望などを本音で話し合ったことで、仲はさらに深まったという。「テレンスみたいにルールを設けて生きていた人が、今は変わっていることに驚き、感動したこと、そしてその価値観が一回終わり、次の価値観に移行する間にどういうことが起きているんだろう? と自分の中で妄想し、テレンスに影響を受けて、一つのコレクションが出来たことを伝えたんです。そしたら彼も凄く喜んでくれて『メールのやり取りから美しい作品を作ってくれてありがとう』と言ってくれました。なので、彼とのやり取りが無ければ、今回の作品は作れませんでした。パリでテロが起きた時も『大丈夫?』と連絡をくれて。会ったことは一度も無いのですが、テレンスと連絡を取り合っていた経緯を一冊の本にしようとも思っているんです」。デザイナーという枠に縛られず、様々な分野に興味を持ち、持ち前の行動力を生かして早速、彼にしか表現出来ないアートワークに取り掛かっているようだ。「服のことも大事ですが、最終的に服全体のイメージやスタイルの提案がしたかったので、写真やスタイリングも含めて一つのパッケージにしたいと思っています。ちょうど彼にタイトル字を書いてもらっていて、『その本が完成したら日本に行くね』 と言ってくれています。テレンスの過去の作品に『TOMORROW’S SNOW』というパフォーマンス作品があるのですが、そこからアイディアを貰って『TOMORROW’S KIDS』というタイトルにしました。明日を生きるキッズ達がどう立ち上がっていくかというのがテーマで、その答えを写真展としてまとめたいなと。ファッションに寄り過ぎるのではなく、もう少し“ポエティック”に活動出来たらいいですね」。ー




JACKET ¥77,000, SHIRT ¥25,000, SWEATER ¥60,000 BY KUDOS (MATT.)




SHIRT ¥25,000 BY KUDOS (MATT.)




JACKET ¥77,000, TROUSERS BY KUDOS (MATT.)




TOP BY KUDOS (MATT.)




JACKET ¥77,000, JEANS ¥29,000 BY KUDOS (MATT.)




SHIRT, TROUSERS BY KUDOS (MATT.)




TROUSERS BY KUDOS (MATT.)




SHIRT ¥31,000 BY KUDOS (MATT.)




SHIRT ¥25,000 BY KUDOS (MATT.)








T-SHIRT, TROUSERS BY KUDOS (MATT.)




TOP: JACKET ¥77,000, PARKA ¥19,000 BY KUDOS (MATT.)




BOTTOM: T-SHIRT, JEANS ¥29,000 BY KUDOS (MATT.)




TOP: JACKET ¥77,000, PARKA ¥19,000 BY KUDOS (MATT.)




MIDDLE: JACKET ¥77,000, TROUSERS BY KUDOS (MATT.)




BOTTOM: SHIRT ¥25,000 BY KUDOS (MATT.)




PARKA ¥25,000, JEANS ¥29,000 BY KUDOS (MATT.)


MODELS HARUMA YANAGISAWA,HIROTO YOSHIKAWA,KYOSUKE MIZUTA,RYOTA ISHII,SHUNSUKE IWAI.