TAKAHIRO MIYASHITA

宮下貴裕
INTERVIEW TEXT JUNSUKE YAMASAKI
宮下貴裕
TAKAHIROMIYASHITATHESOLOIST. デザイナー


ソロ活動の序章。

ファッション誌すら手に取ったことのなかった僕が、友人が教室で広げていた『MEN’S NON-NO』や『SMART』を横目で見て、そこに掲載されていたNUMBER (N)INEの服を目撃し、ファッションというものに惹かれ始めたのが約15年前。「商品がなかった」といってしまえば大袈裟かもしれないが、当時、NUMBER (N)INE恵比寿本店の前には常に長蛇の行列ができ、数時間後にやっと入店できたとしても商品はほとんどなく、振り返ってみればかなり異常な状況だったのだろう。宮下のように音楽に例えるならば、世界的ポップスターのライヴチケットのようなもので、発売後5分で完売。そんなブランドが本インタビュー内で“バンド”と形容されているNUMBER (N)INEだった。そして“バンド解散”が発表されたとき、号泣してしまったあの感情は今でも忘れることはできない。

解散から約1年数ヵ月後、TAKAHIROMIYASHITATHESOLOIST.(以下SOLOIST.)という新ブランド名とともに、“ソロ”として活動を開始することとなる。以前のようなドームツアー的規模ではなく、新人ミュージシャンのようなスタンスで再始動したSOLOIST.には、狂信的に支持してくれるバンドのファンこそいないものの、宮下の服作りに対する愛情に共感する関係者たちがそっと集まり、静かにスタートした。

ちょうどその頃、某アイドルグループの某メンバーを取材した際、「NUMBER (N)INEのときの方が着やすい服が多かったですよね」と語っていたことが思い起こされる。確かに、現代の生活環境を考慮したときに汎用性の低いお洒落着であることは否定できないが、古典的な服のフォーマットになぞらえて作られることの多い昨今のメンズウェアと比べてみれば、そのオリジナリティの強さは一目瞭然だろうし、今この時代、この瞬間に着る着ないの判断を以てして捉える服ではない。宮下自身の強烈な個性や哲学の下に服の在り方すらが定義され、彼のアイデンティティが放射されているのがSOLOIST.であり、単に消費されるためだけの服ではなく、それらはアート作品としての価値を持ち得ているとすら思っている。

本インタビューの中で宮下は「ファッションデザイナーはアーティストにはなれない」と語っているが、彼の意見を真っ向から否定したい。自らを信じ、自らのスタイルを提示し、全国の各ドームを満員にすることはできないかもしれないが、しっかりと共感する人たちに囲まれながらSOLOIST.をデザインし続ける宮下貴裕。コマーシャリズムに埋没し過ぎることなくファッション活動を行えている彼のことを、真のファッションデザイナーであり、歴としたアーティストだと僕は捉えている。





2015年1月、パリへの帰還


SOLOIST.を立ち上げてから約5年が経ちましたが、今のお気持ちをお聞かせください。

正直「やっとスタート台に立ったのかな?」という感じなんですかね。


NUMBER (N)INEとの違いについてはいかがでしょうか?

洋服を作るという点では職業も変わっていないですし、同じことなんですけど、この5年間というのは良くも悪くも色々と考えて、色々な経験をできた時期でしたね。色々と見つめ直すのにはいい時期でした。日々、24時間脳みそを使っているつもりなんですけど、その大半は洋服に注ぎ込むことができるのかなと。そして、今後何をどうしていくべきなのかが何となくおぼろげに見えたかな、というのが今回のパリでした。パリに“行った”というより、パリに“戻った”という感覚の方が強かったですね。


千回くらい聞かれていると思うのですが、今後ショーをやられる予定はあるんでしょうか?

千回は聞かれてないですけど、二百回くらいは聞かれたかもしれません。


宮下さんのお洋服は特に触ってみて感じるものがあると思うので、数メートル離れた距離で見せるより、展示会という形式は理にかなっているのかと思っています。そういった意味で展示会だけ発表されているのでしょうか?

ショーはやりたくてしょうがないですね。展示会は一番重要なことだと思うんですけど、自分で物語の説明ができないといいますか……。洋服それ自体はそれぞれが一つのキーでしかないので、それを買ってくれるお客さん=リスナーの人というのは「このフレーズが好き」とかいってくれると思うんですけど、僕には一つの曲にして出すのがいいやり方なのかなと。それも今回パリに行って特に思ったことの一つで、それと同時に展示会が大事だということもわかりましたし、僕はニュータイプの人間じゃないなと。物語は完成させないとですし、ショーをやると一回そこでマル(句点)がつけられるというか、みんなが最後まで聞いてくれるので話さなくてもその曲を理解してくれるのかなと。インスタレーションとかも絶対向いていないということもようやくわかりましたね。バンドだったものが解散してソロになりましたけど、手に取った楽器は結局一緒だったわけで、人に見せないといけないという想いがより強くなりました。


発表の場としてパリを選ばれましたけど、NYも合っていたのかと思ったのですが。

最終的にはパリに決めたんですけど、選択肢の一つとして本当は先に選んでいたのがNYで、ギリギリまでNYも視野には入れていたんです。今振り返ってみれば、結果的にパリで良かったといいますか、帰る場所はパリなんだなと。ただ、最初からずっと買い付けてもらっているお店があるんですけど、写真だけを見て買ってくれていたので、お礼がしたいという想いがあったんです。でも、結局全員が同じことを言ってきたんですよね。そのNYのお店の人たちも「私たちもパリには行くわけだから、そこであなたがちゃんと見せてくれれば嬉しいのよ」って言ってくれて。


そんなお気持ちがあったのですね。服作りのベースにはアメリカの服もあるかと思いますので、そういう意味でのNYかと思っていました。

全くないですね。本当に単なる個人的な感情だけでした。もちろん僕の中でアメリカというベースはあるんですけど、すべてがアメリカではないですし、すべてがパリというわけでもないんですが。ただ、一番戦える場所がパリなのかなと。今回パリに帰ったことはすごく大きな経験でしたし、すごく大きな一歩だったと思います。パリに行く前に「次はこういうことしようかな?」と考えていたことはすべて覆されてしまったので。やはり世界は広いな、と思ってしまいましたね。




建築されていくコレクション

海外の多くの人たちがSOLOIST.に熱狂していて、彼らはNUMBER (N)INEのことを知らない若い世代だったりするんです。純粋に今のSOLOIST.だけを見てハマっていっていますが、そんな海外からのリアクションについてはどのように感じていらっしゃいますか?

そういった反応を全く想像しないまま(パリに)行ったので、あんなにも着ている人がいることにビックリしたというか、「どこで手に入れたんだろう?」って。


服作りに詳しい僕の周りの人たちの多くは、宮下さんの服作りを究極だと考えている人が多いのですが、そんな宮下さんが尊敬する、参考にしている服作りの達人はいますでしょうか?

作り方というところで参考にしている特定の人はいないですが、尊敬できる人はたくさんいますね。


今は人の話しでしたが、物から着想を得たり、参考にしたりすることはありますでしょうか? 例えば机でも、何でも構わないのですが。

昔はそういうこともありましたね。例えば、建物とか空とか。今はもっと空想の世界のものというか……、自分の瞳が前のをやっているときと違うレンズになってしまっているんです。


今現在、服作りをされる上でスタート地点となるものは何でしょうか?

作業工程や過程は前と変わっていないですね。作業のやり方は同じ人間なので変わらないと思います。もちろんバンドからソロになったとはいえ、一人で作ってるわけではないので。大雑把なメロディが浮かんで、実際に使う材料や機材を用意して、そこからセッションしながら、みたいな感じの作り方は変わっていないですね。もう少し私的な感じにはなってしまっているのかもしれません。この5年間はいい経験だったと思っているんですけど、今は昨日よりも広角なレンズに変わったのかなと思っています。その振り幅をもう一回広げて、絞り込む、ピントを合わせる作業といいますか……。前のときはドカーンと見て、そんなに極端に絞り込もうともしなかったのが、今はそこから自分が何をしたいのか?という、また違うレンズを装着しようとしてるんですかね。


最初に浮かぶメロディがあるとのことですが、その時毎のご自身のパーソナルな気持ちなどから発想されるのでしょうか?

いえ、それはもう色々ですね。「そんなこといつ思ったっけ?」なんていうものもありますし、何十回、何百回、何千回と見ているものをもう一回見たときに「あ、これかな?」と思ったりもします。机に向かってデザインをどうしようかな、と考えることをしないので。「だいたいこんな感じだろう」というようなラフなミックスが完成しているような状態で、そこから曲にしていき、最後にもう一回みんなで編曲し直します。そうした全体的な流れは変わっていないですけど、そこに行き着くまでのプロセスに個人的な作業が多くなっているのかもしれないですね。


宮下さんが作られている服はある種の建築といいますか、制作プロセスも綿密に計算されているとお聞きしたことがあります。

僕の作業は本当に建築に近いと思います。


どのようにしてそのような境地にまで辿り着いてしまったのでしょうか?

SOLOIST.になってからは「なぜこれはこの素材を使わないといけないんだろう?」というような、クエスチョンマークしか出てこないんです。「どうしてあれはこうしなきゃいけないんだ?」「なぜそれに頼る必要があるのか?」というような疑問符から常に服作りが始まっているのかもしれません。疑問符からすべてが始まり、最後まで疑問のままといいますか。


その時毎の答えは出しても、まだ疑問点が残るということなのでしょうか?

毎回答えは出ないですね。自分にとって今のこの作り方やデザインがすべてではありませんし、完成していないですし。その環境はずっと続くのかなと思っています。「これはいいテクニックだな」と思ってやっていても、単純に飽きてしまうときもありますし。でも他の人がしないような作り方を、(誰よりも)初めにやってやりたいなという気持ちはありますね。しっかりとした土台があるから色々なデコレートができるわけですし、SOLOIST.になってからは疑問だらけで土台作りを始めるので、実験続きのこの5年間は良かったですね。無理してこうするべきではなくて、こういう便利なものも対応していかなきゃいけないな、とか。洋服は洋服なんですけど、進化するのは当たり前ですし、劣化するのも当たり前なので、それを補修する工事も必要ですし、僕の作業は建築に一番近いかもしれませんね。


服を建築と比較したとき、服のことを一番小さな建築と捉える人もいらっしゃいます。さらに人間的倫理観を持って生きる上で纏う必要不可欠なもの、機能的なもの、その人の生き方とリンクするスタイルなど、服には色々な解釈があるかと思いますが、宮下さんにとって服というのはどんな存在のものだと捉えていらっしゃいますか?

それらすべてを詰め込んでアートに近付けたいですね。アーティストとファッションデザイナーの違いってそこだと思うんですが、「アーティストにはなれないんだな」と時々考えてしまうことがあります。


それはなぜですか?

決定的な違いがありますね。ファッションがアートになっていないからですかね。ファッションはファッションでしかなくて、何にも変えられないものなのかなと。昔からファッションがアートに少しでも近付ければと思っていたんですが、久しぶりにパリに帰ってみると(ファッションは)もっと建築的な考え方に近いのかもしれません。何でもやればいいっていうものではないですし、居心地の良さもありますし。やはり決定的に違いますね。



直感で自然発生するコラボワーク


2015年秋冬コレクションでは、NY在住の村山伸さんがマスクを制作されていましたが、彼との制作プロセスについてお聞かせください。

「こんな感じで頼むよ」くらいの流れだったので、すごく簡単でした。材料に関しての要望は伝えましたが、あとはキーワードを少し伝えたくらいです。出来上がってきたものを見せてもらったときも「これで!」っていうだけで、何も修正していません。


他にもコラボレーションはされていらっしゃいますが、彼とのプロジェクトは、出会いから実施までの進行が早かった気がしています。

伸との場合は、彼の個展を見たこともなかったですし、実際に会ったときも作品を見たわけではなかったんですが、「(直感で)何かできるな!」って思える人っているじゃないですか。ここ何年かでは会ったことがないくらい、僕とは波長や流れている時間のスピードが似ているんです。女の子のことを好きになっちゃうのと同じで、一瞬にして好きになってしまいましたね。打ち合わせといえるような打ち合わせはしていないですし、あとはLINEのやり取りと、僕がNYに行ったときも二人で酒飲んで酔っ払っていたので。一応打ち合わせといえるのかもしれないですけど(笑)。


日本で作られた製品の良さや、日本の職人さんに作ってもらっている製品がどのように素晴らしいかなど、その具体例についてお聞かせいただけますでしょうか?

これはほとんどの人に言っているのですが、僕はどこ製でも構わないんです。「made in Japan」というその響きは「Kobe beef」とかと一緒ですし、「made in Japan」というそのブランドがほしいだけですよね。僕は服というものを作ることができる環境があれば「made in Japan」という言葉が重要だとは思っていません。ただ、我々は日本にいて、日本人としてのやり方や表現の仕方でやっているので、洋服が生まれた国の人とかがそれを見たときにどう映るのか、ということの方が重要ですかね。


宮下さんが「日本」ということを意識されるタイミングはございますでしょうか?

たまたま日本にいるという感じでしょうか。


質問していた意図とは少しズレますが、インスタグラムを拝見していると日本食しか食べないイメージはありますが。

そうですね、ここ何年かは日本食しか食べていないですね。


2014年秋冬コレクション映像用に音楽を作っていた古舘佑太郎さんなど、最近の宮下さんの中での音楽ブームについてお聞かせください。

最近はあんまり聴いてないんですよね。古舘君の新しいアルバムは聴いてますけど。


古舘さんとはどのように知り合ったのですか?

本来ならば何年も前に知り合ってたとしてもおかしくなかったんです。彼のバンド、ザ・サラバーズの最初のプロデュースをしていたのがナンバーガールの(中尾)憲太郎君で、彼からは古舘君のことを聞いていたので、会おうと思えばもっと前に会えていたんですよね。去年、急に曲を書いてほしいと思ってムービー用に頼んで、その作業をし始めてから会うようになりました。彼も伸と同じような感じなので、僕からは「何でもいいよ」というような感じで曲の制作をお願いしました。出来上がってきたものもバッチリで。最近は(僕の考えを)上手に汲み取ってくれる人がいてありがたいですね。


そもそも宮下さんが音楽にハマっていったきっかけは何なのでしょうか?

昔は見た目だけでカッコ良いから、ということもありましたけど、NUMBER (N)INEの最後の方からはおもしろい声の人や、おもしろい弾き方の人とかが気になって、後から結果的にその人の格好や雰囲気がカッコ良いなと。元から持っている声もものすごい重要になっているかもしれないですね。


クラシック音楽とか、例えばレディー・ガガとかも聴いたりされるんでしょうか?

もちろんあります、メジャーなものも全然好きですから。マイケル・ジャクソンとかも。そう、今回(2015年秋冬コレクション)、ちょっとマイケル・ジャクソン入っていませんか? 疎いものがあるとすれば、唯一ヒップホップくらいでしょうか。


確かにそうですね!そういった参考になるミュージシャンというのは、やはり男性が多いんでしょうか?

ただ、スーツみたいなスタイルは男性だけということでもないですね。女性が着ているパンツスーツスタイルみたいなものは、むしろメンズよりもウィメンズっぽい感じになったりすることが多いかもしれません。デヴィッド・ボウイとかは女性ものを着てたりもしましたし。今回は「ダブル・ファンタジー」っていうのが一番引っ掛かってたんですけど、さらにダイアン・キートンを徹底的に見尽くしましたね。あの人が出ている映画のDVDとかを全部観たんですけど、パンツルックとかは「誰に引っ掛かってるんだろう?」と思っていたら、それが彼女だったんです。


現在は“ソロ”活動中ですが、今後は少しだけでも“バンド”活動をされる可能性はないのでしょうか?

そうですね、別にバンドが嫌いなわけではないですし。バンド形態で動けるようになったらいいのかなとも思います。やっていることは洋服ですし、“バンド”がやりたくなったらまたやればいいのかなと。


それでは、今後ウィメンズを始められるご予定は? それには精神力の貯蓄が必要ですかね?

そうですね、「時間が(足りない)……」ということではないかもしれませんね。


最後に、そもそも宮下さんがインスタグラムをやられているのが今でも奇跡な気がしているのですが。

そうですよね、僕もいつやめようかと、やめ際をずっと考えているんですけど。最初は全部プライベート設定にしていて、でも一回全部やめてしまおうと思って、その日に再び始めて、最近またよく意味がわからなくなってきてしまって。


インスタをやめて、その代わりにウィメンズのコレクションを始めていただきたいですね。

そうかもしれないですね……。


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