WALTER VAN BEIRENDONCK

アントワープの巨匠は今、静かに囁く。 1/3
ISSUE 6
INTERVIEW TEXT YASUYUKI ASANO
WALTER VAN BEIRENDONCKの2018年春夏コレクションには「OWLS WHISPER」というタイトルが付けられていた。彼のショー・インヴィテーションには、毎回ユニークなイラストと共に、一種のスローガンとも言うべきストーリー性溢れるタイトルが大々的に記されているのが常で、今回も決して例外ではないように思えた。ただ、改めてその意味を噛み締めてみると、どこかいつもと様子が違う、不思議な違和感を覚えた。
プレイフルなカラーコンビネーション、グラフィカルなシェイプ、ジェンダーを超えたフューチャリスティックなアプローチから生み出される彼独特のヴィジュアルに加え、民族や人種、多様性、セックスと愛、さらに戦争と自由など、発信されるメッセージの強度もシグネチャーとしてきた彼が、どうして今更
「フクロウ達は囁く」なのか。

1957年にベルギーのブレヒトで生まれ、まだファッション的には無名であったアントワープ王立芸術アカデミーで学んだ彼は、今や伝説として語り継がれる1987年、アントワープ・シックスとしてのロンドンでのコレクション発表を契機にスターダムにのし上がる。90年代に一世を風靡したW.&L.T.をはじめ、30年以上に渡って休むことなく、彼がデザインしたものだと一目で分かるコレクションを世に送り出し続けてきた。その傍ら、1985年からは母校で教鞭も執り、今ではファッションの名門と呼ばれるようになった同校の学長として、未来のデザイナー達を輩出し続けている。

アントワープ・ファッションを代表する存在である彼との本インタビューから何よりも強く感じたのは、30年というキャリアを経た今でも尚、彼は「ファッションを信じている」ということ。それは今の時代に反する、無責任なただの綺麗事に聞こえるかもしれない。ただ、混沌とした状況を迎える現代において、彼の語ってくれたことは決してただのオプティミズムではなく、僕達が戻るべきファッションの原点のような気がしてならない。これまで思い切りメッセージをアナウンスしてきた彼の、静かな囁き。彼の言葉を借りるなら、雑音が多く情報に溢れたこんな現代社会だからこそ 、自分自身のハートに耳を傾ける最高のチャンスとして、ラヴとリスペクトを持って、彼の囁きに耳を傾けたい。




PHOTOGRAPHY BY FILEP MOTWARY


まずは「OWLS WHISPER」と名付けられた最新コレクションについてお話をお伺いしたいと思います。構築的なシェイプによるボディへのフォーカスや、サイファイ・バイカー的なリファレンス、そして以前からもインスピレーションになっているキュビズムなどといった要素が見られましたが、このコレクションには何が隠されていたのでしょうか?

コレクションのタイトルは「フクロウは実に知的な鳥類で、大きな物音を立てるよりも静かに囁くことを好む」という事実に言及しています。その事実が今回のコレクションでは、私自身の変化に擬えています。これまで長きに渡って世界の情勢について政治的なステートメントを発信してきましたが、昨年突如として、そのような問題についてデザイナーとして声を上げることが皆の注目を浴び、より服を売るためのマーケティング的な行動であるように思えたのです。ですので、暫くの間、静かに囁くことに決めました。また、コレクションでは毎回、常に自分自身に挑戦し、オーディエンス達を驚かせようと考えています。暫くの間、パッチワークやテキスタイルのクラッシュなど、ファブリックやプリントを中心に据えてコレクションを制作してきましたので、今回は新しい構築的なシェイプやカット、そして実験的なパターンといったことに戻りたくなったのです。ですのでファブリックは主に張りのある紙のような、単色でプレーンなものを多く使用しています。


一つ前の2017-18年秋冬コレクションはいかがでしょうか? オランダ語で黒を意味する「ZWART」をタイトルに、オーストリアのバンドSEIDÄ PASSをフィーチャーした今年1月のショーは、異教徒的、儀式的な雰囲気に包まれていました。黒というワードとその不思議なショーの組み合わせが意味するものは何だったのでしょうか?

ZWARTが意味しているのはネガティヴなもので、今私達が生きている黒い時代です。世界は今、政治的にも環境的にも、そしてファッションでさえも、全てが掻き乱されバランスを失っています。コレクションを通じてその現状に声を上げるため、いわばシャーマンとして悪霊を取り除きたかったのです。SEIDÄ PASSは、オーストリアのアルプス山脈東部に位置するチロル地域で、悪い霊を取り除き繁栄と希望を願う民族儀式や、自然崇拝者や多神教者の演奏をインスピレーション源に活動を行っているバンドです。今回のテーマにぴったりだったので、ショーにも出演してもらいました。


コレクションではそのような強いメッセージが発信されてきましたが、それはショーだけでは終わらず、その後のセールスシーズンにも引き継がれているように感じてます。ショールームでは毎回必ず、デザイナーであるあなた自身がバイヤーを迎え、セールスチームは毎回コレクションの内容を伝えるためにランウェイ映像を流して概要を説明してくれます。それは当然のことかもしれませんが、実際に他の多くのショールームはそうではありません。商品だけでなく、コレクション全体の内容を直接伝えるということは如何に大切なことなのでしょうか?

そう言ってもらえてとても嬉しいです。ショールームでバイヤー達に会い、コレクションのストーリーを説明することは非常に大切なことです。コレクションを制作し表現する際に、ストーリーテリングという要素は極めて重要で、そのストーリーは服に落とし込まれているのですが、それを紐解くために時にはちょっとした説明を要することもあります。そのプロセスを経て、ストーリーやステートメントはバイヤーだけにとどまらず、バイヤーから最終的にカスタマーへとしっかり伝わっていくと思っています。


本号では、絶対的なシグネチャースタイルとアイデンティティを持つデザイナー達を特集しています。あなたは、どのピースからもあなたがデザインしたものだと分かるほど、稀有で力強いスタイルを持つデザイナーだと思っています。そこで、そのようなスタイルを確立するまでに至った歴史を紐解きたいと思います。まず、いつどのようにしてファッションに興味を持ったのでしょうか?

きっかけは70年代、デヴィッド・ボウイの強烈なルックの数々だったと思います。服やメイクアップなどを含めた彼のスタイルは、ファッションが非常に力強いコミュニケーションになるということを教えてくれました 。そうしてファッションに興味を持った私は、アントワープ王立芸術アカデミーへと進み、アンワープ・シックスやマルタン・マルジェラと共に魔法のような時間を過ごすこととなったのです。


そのアカデミーでの時間こそ、自身のシグネチャーを見付ける最も重要な期間だったのではないかと思います。80年代、卒業後に発表したコレクションは既に非常にウォルターらしいコレクションでしたよね。

実は入学した直後には既にプリントやカラーに魅了され、実験的なカットにも挑戦していました。アカデミーでの4年間ではそこからさらに自身の限界を押し進め、新しい可能性を見付けることが出来、自分自身の世界にのみ集中した時間でしたね。私が卒業した後、長きに渡って黒を基調としたアプローチが主流となっていく中、私は常に自分独自のスタイルを信じ、貫き通してきました。それはとてもユニークなものであったと自負しています。


その後、伝説となっているアントワープ・シックスの一人として、ロンドンでのショーに参加されましたよね。当時の様子をリアルタイムで見ることが出来なかった若い世代のために、そのショーがあなたにとって、そしてファッションの世界にとって、どれほどエキサイティングであったのか教えて下さい。

私達は皆、卒業後約4年間に渡り、死に物狂いでコレクションを制作してきましたが、ベルギーでは海外プレスやバイヤーの注目を得ることが全く出来ませんでした。そこで、ロンドンのブリティッシュ・デザイナーズ・ショーに6ブース分の場所を借りることを決め、皆でコレクションやディスプレイをトラックに積み込んでイギリスに向かったのです。当時の私達は全くの無名だったので、そのショー会場で与えられたのはデザイナーズブランドとは別フロアにある、ブライダル商品の隣という最悪な場所でした。それでもフライヤーを配ったり、自分達の服を着せたモデルを歩かせたりすることで人々の注目を集め、バイヤー達をその最悪なフロアへ連れて来ることに成功しました。その当時、有名なPRエージェントであったMARYSIA WORONIECKAMのアシスタントもブースにやって来て、そのエージェンシーに加わり、多くのプレスから取材なども受けるようになりました。しかし私達の名前はどれも発音が難しかったことから、「アントワープ・シックス」という名前が与えられたのです。それからのことはファッション史の教科書に書いてある通りです!


そして今日に至るまで、30年以上に渡って休みなくコレクションを発表し続けていますよね。あなたにとって一番のモチベーションとは何なのでしょうか?

ただファッションのパワーを信じているんです。コミュニケーションとしての、ステートメントとしてのファッション。非常に面白いプロダクトとしてのファッション。自らの表現としてのファッション。自らの職業としてのファッション。自らの時間、この社会、その時代の世界を反映するファッション。これまでに数多くのアップ&ダウンがあり、決して平坦な道程ではありませんでしたが、まるでジェットコースターのように時は進み、1シーズンさえもスキップしたことはありません。その当時から今に至るまでずっと、自分のハートとソウルからアイディアが自然と湧き出てくるのです!


決して平坦な道程ではなかったにもかかわらず、ファッションに疲れ切ってしまうことがなかった理由は何なのでしょうか?

ファッションの世界は時に本当に酷いもので、その主役であるべきデザイナー達へのリスペクトに欠けることも多々あります。さらに経済的な難しさも相まると、インデペンデントなデザイナー達には非常に困難な世界です。それでも私はファッションのパワーを信じてやってきた結果、今日までこの世界で生きてこれましたし、30年を経た今も凄くハッピーでいられるのです。