BEN GORHAM

BYREDOの香水が開く、未知なる感覚の扉。
PHOTOGRAPHY DAISUKE HAMADA
INTERVIEW TEXT NAOKI KOTAKA
人類は火を手に入れることで香りに出会った。英語の「PERFUME(香り)」がラテン語の「PER(によって)」と「FUME(煙)」を語源とするように、香りは“煙によって”もたらされるものだと古来から考えられてきたのである。祖先達は火を絶やさぬように草木を集めて燃やし、ある時、火の中から立ち上がった煙の香りに驚嘆した。草木に香木が紛れ込んでいたのである。感情が揺り動かされ、新しい感覚の扉が開かれるような香りとの出会いだった。それは祖先達が持ち合わせていた世界の捉え方の根本を変えてしまうような鮮烈な体験となった。

BYREDO(バイレード)ファウンダーのベン・ゴーラムもまた、人類の祖先達と同様に、香りとの出会いによって全く新しい世界の捉え方を発見した。BYREDOの最初の香水「GREEN」は、ゴーラムが香りを頼りに父親の記憶を辿っていくセンチメンタルな体験に基づいている。香水の専門知識を持っていなかったゴーラムは、香りの配分を指示する代わりに、自らの父親に関する記憶を可能な限り細やかに調香師に伝えた。インゲン豆のような香りが父親からしたこと、当時の自分と彼の関係性、また彼がパリによく旅行に行っていたことなどである。調香師と対話を重ねる度に、香りの輪郭は明確さを増していった。そして香水が完成し、いざ香りに鼻を近付けると、あたかも目の前に父親が立っているような、そんな錯覚を覚えた。香りに物語的な広がりがあり、そこに存在する事物の息遣いが聞こえてくるような臨場感があった。嗅覚が反応するのと同時に、異なる種類の感覚もが連鎖的に触発されるようだった。ゴーラムは香りを通して、新しい感覚の扉が開かれるのを確かに感じたのだ。

ゴーラムが香水の制作に関して、そしてBYREDOのブランド運営に関して重要視しているのは、そんな自らの感覚がアップデートされる驚きとその感覚の共有である。ブランド設立から10周年を迎えた現在でも、香水の枠に捉われずに未知の領域に挑戦を続けることで、ゴーラムは自分自身にとって常に発見がある状況を作り出そうとしている。ゴーラムが邁進する未知なる感覚の開拓と、その原動力について、五年振りに来日した彼に話を聞いた。


香水に興味を持ったきっかけは?

調香師のピエール・ウルフと出会うまでは、香水を身に着けたことも無ければ興味もありませんでした。当時、私はプロのバスケットボール選手としてのキャリアを断念した後で、大学に入り直しアートを専攻しながらスポーツに代わる打ち込めるものを探していました。友人に招かれた夕食会で、偶然にも隣の席に座ったピエールが熱心に語る香りの効能、そしてそれが感覚に訴えかける媒体としていかにパワフルであるかを聞き、私はディナーが終わる頃にはすっかり香りの世界に夢中になっていました。


香水に関する知識が皆無だったあなたが、どうやって香水作りを始めたのでしょうか?

ピエールの紹介で、もう一人の調香師、ジェローム・エピネットに出会いました。私は処女作のテーマであった父親の香りについて、初対面のジェロームに少々ナイーヴな方法で伝えたのを覚えています。私が頭に描く香りのイメージを代弁するような写真を沢山集めて彼に見せました。また、私が思い出せる限りの父親に関する記憶を話しました。インゲン豆のような香りが父親からしたこと、また彼がパリによく旅行に行っていたことなどです。それらの情報を基に、ジェロームはいとも簡単に父親の香りを再現してみせたのです。私はすっかり驚いてしまいました。後になって判明したのですが、ジェロームは私の父親が愛用していたであろう香水を、香りの特性、時代や場所などの背景から推測したそうです。私がインゲン豆の香りだと思っていたのは、当時パリで流行していたジェフリー・ビーンというアメリカ人ファッションデザイナーが手掛けた「GREY FLANNEL」という香水だったのです。私はいかに主観的に香りを捉えてきたかを思い知ると同時に、香水が作り手の主観的な香りの捉え方によって作られていることを知りました。


一つの香水を完成させるのに、どれくらいの時間がかかりますか?

6ヵ月かかる場合もあれば、2年かかる場合もあります。また、考案してから4年も経過しているのに、未だに完成していない香水もあります。新しい香水を作る時はまず、ニューヨークにスタジオを構えるジェロームを訪ね、私が頭に描く香りのイメージを直に伝えます。数ヵ月後、最初の試作が届き、香りの方向性に間違いがなければ、次に香りの成分のバランスを調整します。または、方向性が間違っていれば一から調香し直します。銘柄によっては完成まで香りの調整を100回以上行う場合もありますね。


BYREDOの香水にも、いわゆる香りの指示書などはあるのでしょうか?

指示書がどのような形態を成すかはその時々ですが、イメージを伝えるのに、写真、絵画、詩、文学などありとあらゆるものを使って私なりの指示書を作ります。初期の香水は、実在の場所や人物に関する私の記憶をテーマにしていましたが、最近では概念や感覚など、より抽象的なテーマに挑戦しています。また、10年以上も香水を作り続けてきたお陰で香料に関する知識も増えたので、最近では気に入った香りから物語を作り上げていく場合もあります。


この10年間、あなたは一人の調香師と継続的に仕事をされていますが、何か特別な理由があるのでしょうか?

マスマーケットをターゲットとする香水業界では、まず始めにマーケティングに基づいた香水のイメージが提示されます。「ケイティ・ペリー好きのパリジャンをターゲットに、ピンクのバルーンを連想させるようなラヴリーな香り」。そんなイメージに対して、何人もの調香師が応募してきた試作品から、製品化される香りが選ばれます。こうした過程を経て作られる香水はどれも似通って感じます。私にとって香水作りとは、調香師との対話であり、彼との関係性そのものなのです。10年も一緒に仕事をしていると、互いの趣味趣向や思考回路が手に取るように分かるようになります。そんな調香師とのダイナミックな関係性が築ければ、香水にも反映されるのです。


BYREDOの香水は、前述のマスマーケットをターゲットとする香水の軽薄なイメージとは一線を画しているように思えます。「FLOWERHEAD」「MOJAVE GHOST」「ROSE OF NO MAN’S LAND」など、BYREDOの香水からは、多様な文化的、歴史的、地理的、哲学的な背景が垣間見えます。こういったインスピレーションは何処からやってくるのでしょうか?

これまで出会った人物や旅で訪れた場所、友人から聞いた逸話など、あらゆることがインスピレーションになり得ます。例えば「FLOWERHEAD」の香水はインドの伝統的なウェディングで用いられる花冠から、「MOJAVE GHOST」は幼い頃に祖父と訪れたモハーヴェ砂漠に生育するゴーストフラワー、「ROSE OF NO MAN’S LAND」は「荒野の薔薇」と呼ばれる第一次世界大戦中に戦地の最前線で医療活動を行った看護婦達をインスピレーションとしています。また時には、実際には存在しないチューリップの香りをテーマとした「LA TULIPE」のように、空想がインスピレーションとなる場合もあります。これらの香水に付随する文化的、歴史的、地理的、哲学的な背景は、恐らく限られた一部の人々の共感しか生まないでしょう。何故なら、私は不特定多数の人々を満足させるような万能な香水など作る気がそもそも無いからです。マスマーケットをターゲットとする香水が抱える問題とは、誰をも満足させようとした結果、香りのユニークさが失われ、似通ってしまうことです。ですからBYREDOでは、香りとその背景とがユニークであることを重要視しています。


BYREDOの活動には、その時々のあなたの関心事が常に反映されてきたかと思うのですが、現在は何に関心がありますか?

最近は登山やトレイルランニング、スキーやマウンテンバイクなど、多くのアウトドアスポーツにチャレンジしています。というのも、バスケットボール漬けだった十代に反して、BYREDOを始めてからは、香りの精神的探求に没頭するあまり、身体的探求からは遠ざかっていました。身体を動かす感覚を取り戻したかったのです。同時に自分に新しい挑戦を課すためでもありました。スポーツに本格的に取り組んだ人なら分かると思うのですが、私は身体の感覚やパフォーマンスがアップデートされないことを歯痒く感じます。香りに関しても同じで、現代においては香水以外の香りを身に着ける方法の選択肢が無いことを歯痒く感じてきました。BYREDOの最新作「KABUKI」は、歌舞伎役者達が化粧に使う白粉からインスピレーションを得て発案されたパウダー状の香水です。ブラシでフレグランスパウダーを肌に纏わせる、新しい香りの体験です。ポータブルな筒状ケースにブラシと共に内蔵されたパウダー状の香水は、移動の多い現代人のライフスタイルのニーズをも反映しています。BYREDOでは香り自体のみならず、それを身に着ける方法をも常にアップデートしようと試みているのです。


「NECESSAIRE DE VOYAGE」のレザーグッズコレクションや、OLIVER PEOPLESとコラボレートしたサングラス、その他にもブランケットやナイフなど、BYREDOで展開される香水以外のアイテムはブランドにとってどのような役割を果たしているのでしょうか?

ブランドが軌道に乗り始めると、私は成長を喜ぶのと同時に、そのスピードのあまりの早さに疲弊し、香水への関心を失いかけていました。何故なら、新しい香水を考案するのが私にとっては造作も無いことのように感じられていたからです。ブランドを始めた時のような、未知の領域に飛び込むことで感じられる“驚き”の感覚を取り戻したかったのです。そこでBYREDOのブランドに通底するクラフツマンシップの探求を、別のカテゴリーで挑戦してみることにしました。未知の領域に飛び込み、一から学び、試行錯誤することは、私にとってこの上ない喜びでした。私にとってBYREDOとは、香水ブランドの枠に収まるのではなく、私の時々の関心事と共に変化していく、自由な創作の場なのです。


学ぶ喜びがBYREDOの原動力になっているということでしょうか?

正にその通りです。未知の領域に飛び込む時、人間とは都合が良いもので可能性しか見ていません。それは、何にも制約されない、とてつもなくクリエイティヴに自由な状態なのです。学ぼうとする意欲と、自分なりの方法での試行錯誤、そして目標を達成した時の驚きとは何にも代え難いものです。その一連の体験を通して得られる達成感や、未知なる感覚の扉が開かれる驚きを、私はBYREDOのプロダクトを通して多くの人々と共有したいと考えています。


BYREDO.EU










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