HIROKI NAKAMURA

中村ヒロキ
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INTERVIEW TEXT JUNSUKE YAMASAKI
中村ヒロキ
VISVIM / WMV クリエイティブディレクター


決して僕自身の好みの“面”をしたデザインではなかった。がしかし、外見ではなく内面に恋をしたといえば褒めているのか貶しているのかわからないが、VISVIMとの出会いで僕はそんなファーストインプレッションを持った。その後、インタビューや展示会の度に交わす会話で見えてくる中村ヒロキ像というのは、とにかくモノ作りに執着する人物であり、同じ志しを共有できる人間にすぐに恋に落ちる。そんな熱い感情を持った人間なのではないかと考察している。世界各国を旅する中で出会う工場や製法、職人さんたちに次々とのめり込んでいき、VISVIMというブランドが生み出す製品について深く掘り下げ、そして同時に限界値を常に取っ払い、その世界観を広げていく。それが中村ヒロキのやり方だといえるだろう。

「モノ作りをする自由と責任を背負ってやっているか?」。服作りに携わるすべての人たちにこれを問いたい。これだけ多くの服が溢れている現代社会において、誰もがむやみやたらに服を作っていいわけではない。それなりの責任感を持つべきであり、僕はそうした服を纏って生きていたい。心持ちを、志しを纏っていたい。中村ヒロキの作る服には間違いなくそれらの感情が取り入れられている。彼自身のモノ作りの美学の物差しでしっかりと吟味され、製造されたプロダクトはどれも色褪せることのない、エターナルな代物なのである。

今回のインタビューで彼が語ってくれた「中身からデザインする」という言葉は心に突き刺さった。耳が痛いデザイナーも多いはずのこの言葉は、デザインの本質というよりは生き方の本質を鋭く突いていたといっても過言ではないだろう。自分自身の心の中にあるものに忠実に、真摯に生き、そして職を全うしていくということは、いかなる職業に従事している者も身体に染み渡らせておきたい言葉だと、深く感銘を受けた。中村こそが正にそういった生き方、働き方を実践している一人であり、それはVISVIMの在り方とも自動的かつ直接的にリンクしているのだから、ブランドに、そして産み落とされるプロダクトにどことなく温かみが溢れ出ていることもうなずける。

もちろん一人でも多くの人にVISVIMを纏ってほしいとは思うのだが、たとえ服に興味がなくとも、VISVIMという“見た目”がタイプではなくても、金額的に購入することが容易ではなかったとしても、VISVIMという名に潜んでいるコンセプトや哲学には触れていてほしいと願ってやまない。プロダクトからは、VISVIMという仮面を被ったライフスタイルの提案がなされている気がしてならないし、今後、中村ヒロキにはこの世の中に対して服以外にも提示してほしいと願い、大きな期待感を抱いている。それが食でもいいかもしれないし、インテリアデザインでもいいのかもしれない。美容、健康、人間関係……、VISVIMとはどんな場面にでも置き換えられることのできる概念なのだとさえ思う。決してトレンディなそれではなく、エターナルなこのVISVIMという概念を、そして彼の言葉の数々を一人でも多くの人と共有したい。


中身から取り組むデザイン哲学

日本での生活の割合が少なくなってきていると思いますが、どこの土地で、どのようなリズムで、どのような生活をされていますでしょうか?

日本にいることが全体の三分の一くらいでしょうか。家はアメリカなんですけど、一週間から十日くらい日本にいて、アメリカに戻るか、ヨーロッパのマテリアルの展示会に行くとか、サプライヤーさんを回るとかですね。以前は三日毎にアメリカ、日本、ヨーロッパなどをぐるぐると周っていましたが、今は一箇所に留まる時間が長くなりましたね。


旅をされることで負担にはならないですか?

負担というよりは……、視点を変えてみることによって自分の中で色々と見えてくることがすごく重要だと思っています。一つの考え方や概念に留まってしまうことなく、それらを外してまたニュートラルに戻します。それにはLAくらいが軽くてちょうどいいんですよね。東京に帰って来るとある意味ヘビーですし、パリに行くとまたヘビーじゃないですか。NYに行って少し軽くなって、LAに来て完全にフリーになって。そうして視点を変えていくと色々なものが見えてくるんですよ。色々な固定概念から自分自身を一度フリーに解き放つんです。これが僕のモノ作りとかクリエイションには重要ですね。一方で過去のトラディショナルな流れみたいなものは持ちつつ、頭はフリーにもっていくことがすごい重要なので。ヘビーなカルチャー、古いカルチャーも大好きなんですけど、それらと長くいると重くなってきてしまって、フリーにならなきゃって思うんです。


一日の生活リズムを教えてください。 

場所にもよりますが、朝は結構早いですね。LAだと6時くらいに起きます。東京だと夜遅くまでみんな仕事してるじゃないですか。僕は本当は夜11時くらいに寝たいんですが……、昨日もスタッフは3時半くらいまで仕事をしていたみたいです。それでもできるだけ朝早く起きて、朝ご飯を作って食べるようにしています。


朝食はご自分で作られるんですか?

作るといってもフルーツとか、そういう感じです。あまり連絡もこないですし、クリエイティヴな興味のあることをして過ごして、4時くらいになると東京の朝がスタートするので、そこから打ち合わせなどをして、夜10時くらいには寝ますね。


ものすごく健康的ですね。

とても健康ですよ。お酒も飲まない、タバコも吸わない、お肉も食べないです。きちんと三食摂りますし、健康的なものが好きですね。


作られているものを見るとすごく人間的感覚を受けますし、食べるものにも気を遣われているのかと思っていました。

もちろん食べ物とかにも気を遣います。こういうものを作ってきた中で、やはり上っ面の仕事をするとその時、その一瞬は良く見えてもすぐにダメになってしまいますから、中身からデザインしていかなければいけないと思うんです。10代の頃ってまずはカッコ良くなりたいじゃないですか、人に愛されたいじゃないですか。そこからファッションとかに興味を持って、注目を浴びたかったり、人からアテンションを集めたかったんだと思います。当時は僕も何もわかっていなくて、ただ単に自分がカッコ良いと思いたい、そんな気持ちがありました。でも、内側から出てくるものが一番カッコ良いんですよね。モノを作っていく過程でいえば、外からカッコつけるよりは中身を出していくというか。究極のことをいってしまうと「何がやりたいか?」なんです。僕も自分がやりたかったことが何なのかを忘れないようにしないと。


外側より中身だと心底気付いたターニングポイントはございますか?

カッコ良いものを作って提案したいですよね。では「どうやったらカッコ良いんだろう?」と考えたとき、一生懸命カッコ良くなろうとしている人よりも、内側がそのまま出ている、自分自身に正直な人がカッコ良く見えているんだなと気付いたんです。つまり商品の中身がそのまま出てくる方がカッコ良く見えますし、時間の経過とともになくなっていく上っ面なものではなく、本質的なものがカッコ良くないとダメだなと。それは人間も同じですよね。こういうデザイナーになろうとか、こういう風に見られたいとか、そういう考えを一切やめて自分自身のままでいいんだなと思うようになりました。


それって勇気のいることで、なかなかできないですよね。自己追求みたいなことだと思うのですが。

みんながそうなったら世の中がすごい良くなると思いますし、モノ作りにしても同じですよね。


他ブランドの商品を見られたりすることはあるのでしょうか?

見ませんね。ファッション業界にいるんですけど、デザイナーの名前とかも全然わかりませんし。ファッションに限らず、自分が興味のあるもの、素敵だな、カッコ良いなと思うものだけを見るようにしています。それに自分らしくいたいと思うので、他のものは見ない方がいいかなと。


かなり前ですが「僕はファッションではないので」というようなことを仰られていたと思うのですが、その時に「そう思っていらしていても、中村さんがやられていることがファッションとして捉えられるようになると思います」と僕は勝手に予言していたつもりで、それが的中したと思っています。ただ、外の人たちがどのようにVISVIMを捉えようと、今でもあまり関心はないんですよね?

あの当時は“ファッション”だと思うこと自体が恥ずかしかったといいますか……。「ファッションデザイナーになろう!」と決めて(ブランドを)始めてはいなかったですし、周りの皆さんからもそう言われるようになり、ある時から自分自身をファッションデザイナーだと思うようにしたんです。ただ、やはり自分自身の声を一番に聞くようにしていて、例えばメディアの方やバイヤーの方など、第三者の方々が見てくださったり、その評価ももちろん気にはなります。でも「自分が何をやりたいのか?」「自分がどういう人なのか?」、そういったことを見失わないようにしたいんですよね。