HONEST BY. BRUNO PIETERS

限りなく透明なファッション。
ISSUE 3
INTERVIEW TEXT YUSUKE KOISHI
HONEST BY. BRUNO PIETERS 1


ファッションは難しい時期を迎えている。価格競争でハイファッションは力を失い、市場は飽和したともいわれている。また、発展途上国の過酷な労働条件下で製品を生み出すアパレル企業は資本家による経済的搾取の象徴として批判され、業界全体の信頼性は揺らぎ続けている。人はなぜファッションに魅了され、それに携わるのか。この質問に自信を持って応じることができる人間はそれほど多くは無いかもしれないが、ブルーノ・ピータースはその数少ない中の一人だ。

彼が2012年に立ち上げた新たなブランド、HONEST BY.は「THE WORLD’S FIRST 100% TRANSPARENT COMPANY(世界初の100%透明な企業)」と自らを謳う。このブランドの特徴は全ての製品をオンラインで販売し、製造コスト、工程、そして販売利益までウェブサイトで詳細を公開していることにある。驚くのは生産原価だけでなく、デザインを差別化する上で重要なポイントとなるボタンやジッパー、アクセサリー、生地の出処や工場、更には生産の各工程に要した時間に至るまで分単位で、全ての詳細を惜しむこと無く公開していることだ。購入者は商品が生まれる過程を余すことなく確認した上で購入できるのだ。

クラフトマンシップを謳っているだけの実体の無いブランドも沢山溢れる昨今、ビジネスに原理主義的な透明性を掲げながら新しいファッションを創り出そうとするHONEST  BY.の存在は革命的だ。このブルーノ・ピータースは今、ファッションデザイナーという枠組みを超え、新しい社会起業家や活動家としても紹介されつつある。ラグジュアリーブランドの立場からすれば、ビジネスの手の内を惜しむこと無く一般に公開し続ける彼の存在は、エドワード・スノーデンのような恐ろしい存在に見えているのかもしれない。

90年代にアントワープ・シックスが席巻した後の2000年代中頃、才能豊かな時代を担うデザイナーの一人として名を上げたブルーノ・ピータース。彼はHONEST BY.を立ち上げ現在に至る道筋を、静かに、そして力強い口調で話してくれた。

「僕はベルギーのブルッへ(ブリュージュ)に生まれた。オランダとの国境近くにある、中世から続く歴史的な街だ。観光客が居なければ眠っているような街。観光地だったけど嫌ではなかった。街に来る色々な国の人を見るのが楽しかったからね。次第に大きくなると絵を描くことが好きになって、アートに関心を持つようになったんだ。それで街のアートスクールに通い始めた。振り返るとその頃が人生の中で一番良い時期だったと思う。そこで知り合った友達は今でも付き合いがあるし、新しいものに対してオープンであることを学んだ」。

その後、アントワープ王立芸術アカデミーに入学。卒業後はMAISON MARTIN MARGIELAやCHRISTIAN LACROIXで経験を積みパリで独立、ファッションの中心へ自ら引き寄せられていく。「18歳の時にファッションを学ぶことに決めたんだ。ファッションはドローイング、写真、グラフィック、音楽、自分の好きなもの全てを組み合わせることができると思っていたし、実際に今もそれが好きな点だよ。ただ、ある意味では自分が正しい道を選んだかどうかわからないと思っている。ファッションは結局ビジネスだし、自分は正直な所ビジネスマンじゃないからね。勿論ファッションの芸術的な部分は好きだし、それは他の皆も同じだと思う。でも芸術的側面は大体において世間体の姿でしかない。結局ファッションは社会の中でお金を生み出す手段の一つでもあるからね」。

独立後、自らのブランドBRUNO  PIETERS.を順調に成長させながら、DELVAUX、そしてHUGO BOSSからオファーを受け、クリエイティヴ・ディレクターとしても活躍を続けることになる。30代前半にして次世代を担うデザイナーとして約束された道を歩む中、2010年に突然の引退を宣言し、ファッションの世界を去ってしまう。
「HUGO BOSSでクリエイティヴ・ディレクターだった頃、自分のブランドの運営もしていたから多くの責任があった。最初の頃は、昔から望んでいたデザイナーという仕事を凄く楽しんでいたのだけれど、次第に幸福を感じなくなって、自分のやることではない気がしてきた。自分の仕事が単にお金を稼ぐ為に存在していて、それ以上の何ものでもないということを悟ってしまった。HUGO BOSSが嫌いだったとかそういう訳じゃない。他のブランドの仕事を仮にしていても同じ結論に辿り着いたと思う。人生を懸けるような仕事ではないとね。将来、資産だけを築いて死を迎え、この星を去って行くのが嫌だった。勿論それはそれで重要なことかもしれないけれど、僕にとって切実な問題にはならなかった。その頃から自分にとって本当に切実なものに取り組みたいと真剣に考え始めた。そして自分の今後を考え直す為に仕事を辞め、長期休暇をとってインドに行くことにしたんだ」。

仕事を辞め、一度はファッションの世界を去った彼だが、2年間に渡る旅を経て、結局ファッションの世界にまた戻ることになる。ファッションの何が彼を魅了したのだろうか。彼ははっきりと答えてくれた。「確かにファッションはお金を生み出す手段の一つだ。ただ一方で社会に変革を生み出す手段でもあるんだ」。インドから戻ってきた彼は、デザイナーという枠組みを超え、活動家の様相を帯び始める。ファッションを通して社会にどう働きかけるか、そこで考えたのが持続可能で透明性のある企業の発明だった。

「この業界にはもっと透明性が必要だと思う。あまりにも腐敗や不正が蔓延している。『MADE IN ITALY』というラベルが付いた高額の商品を買う顧客の裏で、アジアで製品を作っていたりする。こういう不正を真剣に防ごうとする法律は存在しないし、それは労働者や動物の扱いに関してもいえることだ。一着の可愛らしいドレスが生まれてくる為に、その背景で何が起きているかを考えると恐ろしくなる時がある。僕はそんな不正をしなくても、透明で持続可能な形で前に進めることを示したいと思った。我々はより善き存在になることができる、と示したかったんだ。100%の透明性というのは当たり前のサービスだと僕は信じているよ。人は自分が何を買っているかを知る権利があると思うし、それにブランドだって自分たちの行いに本当に自信があるなら全てを明らかにする事に躊躇する理由は全く無いはずだ。今の仕事の考え方は完全に僕自身を変えてくれた。僕の仕事をより美しくしたと思う。デザインの背後に美しいストーリーが存在していることは僕にとって大きな喜びになっているんだ」。

HONEST BY.を設立して3年が経過し、運営するオンラインストアでは「SOLD OUT」の商品も目立ち始めている。ブランドの成長について触れると彼はこう答えてくれた。 「実際、質問は沢山受けるよ。『正直、稼いでるの?』ってね。僕らの様な事業が本当に利益を生むことができるかどうかというテーマで、学生がレポートの為に取材しに来たこともある。でも質問には応じないことにしているんだ。その質問自体が世界の現状を象徴しているから。何処かでトリックを使わないと稼げないはずだという無意識の共通認識が潜んでいる気がする。今の僕は成功することを目的としていないし、それを求める人にも関心がない。何億稼ごうと、あるいは何億損しようと、額面での成長が目的ではないんだ。成功は自然に生まれないといけない。僕の関心は、その服がどのような“ストーリー”で、誰によって、どの場所で、どのように作られたのかということ。今の時代、世界中の“ストリート”でデザイナーの服が買えるようになったけど、良い“ストーリー”が保証された服はまだ何処でも買える訳じゃない。僕らは今オンラインでしか販売していないけれど、直営店を今年末か来年の初めにはオープンする予定。商品のことをより深く知る機会を提供できるようになるからとても楽しみにしているよ」。

100%の透明性とその持続可能性。この動きを自らだけでなく、若い世代のクリエイターに広めようと、彼は新しいファッションアワード、FUTURE FASHION DESIGN SCHOLARSHIP {FFDS}を設立した。「この試みは2014年から始めた。学生は毎年いつでも応募できる。僕らと同じ透明性のあるやり方でコレクションを作ることに賛同してくれたら、受賞者には1,000〜10,000ユーロの資金と、生産に向けた支援をする様にしている。業界で学生が自立していくことを支援する沢山のファッションアワードがあるけれど、業界を変えようと考えたり、社会的に責任のある仕事をしたいという学生を支援するアワードは無かったから、自分で作ることにしたんだ」。

新しい理念を実際に次々と実現させている彼にとって、最近「新しい」と感じるのは若い世代の価値観のようだ。「毎シーズン、次々に新しい服を買わない世代が次々と出てきた。この現象はとても新しいと思う。生まれた時から新製品が次々に生まれてくるのを見て、飽き飽きしている世代。人間的なもの、物語の上に生まれた美しいものを自然に求めるような新しい世代が生まれている。多くの人が巨大な産業によって引き起こされるダメージに少しずつ敏感になって、目覚めてきている気がする。この星をより良くしていこうと考える動きがあるのはとても嬉しいね」。

最後に、ファッションの未来について彼はこう語ってくれた。「ファッションは変革のための手段になることができる。人をより善き方向に導くことができる。ファッションに政治理念が無ければ、それはただの服でしかない。僕にとっての政治理念は愛情。こういった考えが今後のトレンドになっていくと信じているよ」。アントワープにある静かな部屋の一室から、彼は今も世界を変えようとしている。ファッションが引き起こす変革の可能性を信じて。


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2012年、HONEST BY.デビュー時のコレクションビジュアル達。
©HONEST BY.
PHOTOGRAPHY BY ALEXIS SALINAS


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HONEST BY.ファーストコレクションのルックブックより。
©HONEST BY.


SPECIAL THANKS TO LENA LUMELSKY.


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