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NICK FOUQUET
帽子から紡ぎ出される、奇想天外な物語。
PHOTOGRAPHY DAISUKE HAMADA
INTERVIEW TEXT NAOKI KOTAKA
「悪魔と薔薇」「タバコ泥棒」「幸運を運ぶ猫」……。ニック・フーケが作る帽子は、その帽子に名付けられた題名の世界から飛び出してきた、物語の重要な一部のように見える。帽子を飾る、燃えかけのトランプや、エキゾチックな鳥の羽根、塗りかけの絵の具に、銃弾が貫通した穴。まるで精巧に作られた映画の小道具のように、断片を見ただけでも、その物語が興味深い展開を見せるだろうと胸が高鳴る。帽子を被ったフーケ本人もまた、ブロンドの長髪から青い瞳を覗かせる、端正な顔立ちの長身の青年で、あたかも物語の主人公のような出で立ちだ。フーケはたまに店に立って実演販売をするらしいのだが、それは何でも、ビーバーフェルトを使って100年前と同じ方法で作った帽子にマッチで火を放ち、程良く(装飾としての)焦げ目がついた頃に、勢いよく息で火を吹き消すというパフォーマンスらしい。映画のワンシーンにでも立ち会ったかのように、彼の顧客達は一瞬あっけにとられ、その後ですぐに拍手喝采が起こる。優れた映画作品というのは、衣装、人物、建築、音楽など、映画の細部に至るまで徹底的に世界観が作り込まれているように、フーケもまた、彼が作り出す帽子は勿論、彼自身のファッションとライフスタイルを通して、NICK FOUQUETという物語に臨場感を生み出しているのだ。フーケは最近、南カリフォルニア・トパンガに、4,000平方メートルの土地と、奇妙なドーム型の家を購入した。小綺麗に内装が整えられたタウンハウスを購入することも出来たが、フーケは自分が生涯住むであろう理想郷を、自らの手で一から作り上げたかったのだ。100年前と同じ手法で帽子を作るのも、一風変わった家に住むのも、彼にとっては「自分という物語」をもっと楽しむための手段なのだ。私にも、そして彼自身にも、この先、彼の物語がどう展開していくかは予想がつかない。けれども、とびっきりのユーモアとセンス溢れる彼の帽子のように、まだまだ腹をかかえて笑ったり、涙腺を緩まされたり、ハラハラさせられたり、沢山の新しい展開が期待出来ることは間違いないだろう。
あなたの着こなしはいつもユニークですよね。カウボーイやバイカーのような雰囲気もあるし、日本の武士のような雰囲気もある。ちなみに今日は何を着ているんですか?
これからロサンゼルスに帰るので、機内でくつろげるように寝巻きのような格好でいます(笑)。NICK FOUQUETのハットに、古着のリネンパンツ、そして靴はいつも通りCONVERSEを履いています。それから、シャツはリオデジャネイロを訪れた際にフリーマーケットで買ったものです。昔から旅が好きで、行った先々で現地の人達の装いを観察しては、何かお土産のような感覚で現地の服を買い、持ち帰っていました。私の折衷的なスタイルは、そんな旅の経験と関係しているのだと思います。
最近まで定住地が無かったとお聞きしましたが……?
そうなんです(笑)。生まれてから最近まで、ずっと転々としてきました。ニューヨーク生まれですが、生後すぐにフランスに引っ越して、そこで7歳まで過ごしました。その後、またアメリカに戻り、マサチューセッツの高校、そしてフロリダの大学に進学しました。卒業後は長期的に南米を旅して、戻ってからしばらくはニューヨークに住み、その後、仕事のためにコロラドに、そしてオーストラリアにも住んでいました。そんな放浪の生活を続けていましたが、ある時から、どこかに根を張って生活するのも良いのではないかと考えるようになりました。それで9年前にロサンゼルスに引っ越し、以来そこを拠点に生活するようになりました。思い返してみると、私にとって旅とは一種の現実逃避で、慣れない環境に身を置くことで、脳を常にクリエイティヴな興奮状態に保っておくための手段だったのかもしれません。
ファッションには昔から興味がありましたか?
幼い頃は、ファッションモデルだった父が、仕事で行った先々の国で見付けたユニークな服を、家に持って帰ってきて見せてくれるのが楽しみで仕方がありませんでした。父はクラシックなメンズスタイルに、世界中を旅して集めた個性豊かなアイテムを合わせた、彼独自のスタイルを持っていました。どんなにアクが強いアイテムも、父が着ると自然と彼のスタイルとして馴染むのです。そんな個性的な父の影響からか、たとえ周りの子全員が黒いシャツを着ていても、私は率先してピンクのシャツを着るような子供でした(笑)。周りと一緒が嫌だったんです。自分が着る服はフリーマーケットで古着を買って、父が親しかったお針子さんに持って行き、ボタンを変えたり襟を細くしたり、自分の納得いくまで細かく注文して直して貰っていました。そうして手に入れた服は周りとは違う、自分だけの特別な存在のように感じられました。きっと幼いながらに、ファッションという存在を単なる服としてではなく、自分らしさの表現の一部として捉えていたんですね。
幼い頃から、デザイナーとしての片鱗を覗かせていたのですね(笑)。けれども、あなたはデザイナーとしてではなく、まずモデルとしてファッションの世界に本格的に入られましたよね?
モデルになったのは偶然なんです。以前から、世界を飛び回りながら楽に稼げるなら、モデルとして仕事をするのも悪くないと思っていました(笑)。けれでも、周りから縁故主義的だと思われたくなかったので、父に紹介を頼んだり、オーディションに参加することは全くしていませんでした。しかしフロリダに帰省した時、当時のRALPH LAURENの広告を撮っていたフォトグラファーに路上でスカウトされたんです。それをきっかけに本格的にモデルとして仕事を始めました。けれど、いざ撮影に参加してみると、その現場で自分だけがクリエイティヴな役割を果たしていないように感じたのです。勿論、世界の様々な国を訪れたり、デザイナー、フォトグラファー、アートディレクター、スタイリストなどと知り合えたことは素晴らしい経験でしたが、モデルとしての私はファッションとの受動的な関わりしか見出せなかったこともあり、自分が心の底から楽しめるような、自分らしいファッションとの関わり方を改めて考えてみる必要があったのです。
デザイナーはデザイナーでも、ハットデザイナーの道を選んだのは何故だったのですか?
モデルを辞めた後は、私の兄的存在であるクリストフ・ルアロンが営むMISTER FREEDOMという店で働いていました。ロサンゼルスでは有名な店で、いつも彼に会いに来た人達で賑わっていました。彼の下で、工業用ミシンの使い方、パターンの引き方、生地の扱い方など、服作りのいろはを学びましたね。こうした物作りの作業は、私の中のクリエイティヴな思考を蘇らせ、その内に自分自身のブランドを始めたいとさえ考えるようになりました。飽和しきった現代のファッションマーケットで、どうすればユニークな存在になりえるか? そんなことを考えていた時、見たこともないような帽子を被ったカウボーイ風の男性に出会いました。声を掛け、どこで帽子を買ったのかを尋ねると、なんと自分で作ったと言うのです。彼の帽子を見たことがきっかけとなり、帽子にはまだまだ革新の余地が残されていると確信が持てました。というのも、ファッションは常に変化しているにも関わらず、帽子に限っては、BORSALINO、CHRISTY’S、STETSONの三大ブランドによって過去100年間で築き上げられてきたスタイルが、現代においても更新されずに受け入れられているのですから。
ブランドを始めるにあたり、まず何から着手したのですか?
帽子作りについて何も知らなかったので、まずは本を読んだり、知人に聞いたりしながら、見よう見まねで始めました。子供の頃、古着をカスタマイズしたのと同じで、遊びの延長くらいの感覚でした。丁度、私がブランドを始めた頃、友人がオープンの準備をしていた新しいコンセプトショップ内で、NICK FOUQUETのインショップをやらないかと誘われました。当時はブランドを始めたばかりで経済的に余裕が無かったので迷いましたが、友人の熱意ある誘いもあって、結局は出店することに決めました。きっと彼の誘いがなかったら、ブランドは今ここまで成長していなかったと思います。何故なら、いきなり無名のブランドが素晴らしい店で商品を販売することが出来たのですから。PEACE COLLECTIVEという店で、ヴェニスのアボット・キニー通りにあり、他のデザイナーやアーティストの友人達と共同で運営していました。友人や顧客の口コミのお陰で、だんだんと店も賑わうようになり、気が付くとボブ・ディランやファレル・ウィリアムスのために帽子を作るようになっていました。ロサンゼルスでは、ユニークなものを作っていれば、俳優やミュージシャン、アーティストなどのユニークな人達が自然と惹き付けられてくるのです。
帽子作りはどのように行っていますか?
現在では単独で店を構えるようになったので、店の裏にアトリエを併設して、そこで帽子の制作もしています。まず、サステイナブルかつエシカルな方法で獲得したビーバーの毛皮を、蒸気で圧力をかけて縮絨させ、帽子の素材となるビーバーフェルトを作ります。それからフェルトにスチームをかけて柔らかくし、マホガニー、ポプラ、チェリーなどの木で出来たアンティークの型に被せながら成形していきます。乾燥させてフェルトが固まったところで、やすりをかけて表面を滑らかにします。この全工程を行うのに丸2日間かかります。このように、100年前と同じ方法で帽子を作るのは手間がかかりますが、1年も経たずに劣化してしまうような物がはびこる現代において本物を提供することは、現代ファッションへの私なりのアンチテーゼなのです。ビーバーの毛皮のみを使ったNICK FOUQUETの帽子は、きちんとメンテナンスすれば一生使うことが出来ますから。
あなたの帽子の装飾はどれもユニークですよね。革の切り端、鳥の羽根、ドライフラワー、マッチ……、それに時には帽子ごと燃やしてしまったり! こうしたアイディアはどこから生まれてくるのですか?
丁度、このカフェのキッチンに置いてあるHEINZのビーンズ缶を眺めながら、装飾に使えそうだなと考えていました(笑)。アイディアというのは実際に試してみないと、それが価値あるものかそうでないか、判断がつかないですよね。例えば、帽子に焦げ痕をつけるアイディアも、ある失敗から生まれたんです。 ある時、火を付けっ放しにして、帽子を真っ黒に焦がしてしまいました。不思議なのですが、私は黒焦げの帽子を見て美しいと感じたのです。そこでこの経験を単なる失敗とみなすのではなく、更に追求することでどんなアイディアが導き出されるか、賭けてみることにしました。勿論、シルクリボンで装飾されたクラシックな帽子は美しいですし、私自身も大好きです。けれども、例えばシルクリボンの裏側だけをスプレーでペイントしたり、リボンの代わりにスターのチャームを付けたり、バインディングを丈足らずにしたり、一見、失敗のように見えるものこそ私は美しいと思うのです。遊び心がなければファッションはつまらないですしね。
どんな人に、あなたの帽子を被って欲しいですか?
理想の顧客像みたいなものは考えたことがないんです。例えば、ハリウッドのセレブリティにリーチしたいとかね(笑)。時にデザイナーというのは、とても限定的な顧客像に向けて発信していますよね。でも、私達の顧客には、俳優やミュージシャンもいれば、投資家や銀行員もいる。私にとっては、NICK FOUQUETというブランドを通して、幅広い層の人達と対話しているということが大事なんです。以前、ビスポークの帽子を注文した顧客から、彼女の祖父の形見である安全ピンを装飾に使って欲しいと頼まれたんです。私自身も素晴らしいアイディアだと思いました。実際はデザイナーが思っているより顧客の好みは多様で、それぞれが全く異なるものを求めているのです。一人一人の顧客がユニークなのだから、ブランドが提供するものもその一つ一つがユニークであるべきですよね。現代において、マスにおけるトレンドを追うよりも、個人のスタイルを表現することに関心がシフトしていってることは素晴らしいことだと思います。
あなたの自分らしさに関する哲学は、あなた自身の格好や、あなたが作る帽子にだけでなく、暮らし方にも反映されていますよね。最近、とてもユニークな家を買ったそうですが?
2年前、南カリフォルニア・トパンガに家を買ったんです。家が必要だったからというよりは、素晴らしいアート作品に出会った時と同じで、その建物自体に心を奪われて購入を決めました。植物が豊かに茂る4,000平方メートルの広大な土地に、スイミングプールとプールハウス、そしてジオデシック・ドーム式の家が立っているんです。買った当初は、建物も庭も手入れされていなかったので、敷地全体を一から手入れし直す必要がありました。アーティスト兼建築家の友人に協力してもらい、それはもう、敷地の入口から家までを繋ぐ道路から道路脇の植栽、プール横のデッキに、バスルームの浴槽からタイルと、敷地の隅々に至るまで、自分の理想通りに直しました。1年間かけて、まだ家にも触れられていないんですけどね(笑)。時には、何だってこんな手のかかる家を買ったんだと、自分を恨むこともありますが、一方でどうせ家を買うなら、既に誰かによってデザインされ、綺麗に整えられた家に引っ越したいとは思わなかったんです。素晴らしい建物は沢山ありますが、私にとって大事だったのは、家とそこに住む人との感性とが共鳴し合うということだったのです。自分の人生を映画に例えるなら、ミスキャストされた映画に出続けることほど窮屈なことはないですよね。私が100年前と同じ手法で帽子を作るのも、家を一から直すのも、手間はかかるけれど、その過程を経ることで、自分が本当に好きなことを見極めることが出来るからなのです。だって、自分という物語が名作になるか駄作になるかは自分次第なのですから。
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