SIRLOIN

「愚かさと優雅さ」から成る衣服を巡って。 2/2
ISSUE 6
INTERVIEW TEXT SHINGO ISOYAMA
ブランド名「SIRLOIN」の由来を教えて下さい。

「ステューピッド・エレガンス」というブランドのコンセプト通り、凄くエレガントに聞こえるけれども、全く意味の無い名前にしようと思いました。一度、名前を付けて社名を登録する手続きまで行ったのですが、その名前が既に登録されていたので、もう一度コンセプトからみんなで話し合い「SIRLOIN」に決めました。


実際に上海に住んでみて、何か面白いと感じる現象はありますでしょうか?

おじさん、ですかね(笑)。若者に関しては、世界的に多くの情報を共有し合っているので、どこの国に行ってもかなり似たような印象なのですが、歳を重ねている方は、その国独自の考え方などが人それぞれの形で体に染み付いていて、かなりユニークなんです。上海に限らず、その部分は注目しています。


異なる国の言語を習得するにあたって、苦労したことはありますか?

中国のタクシードライバーと喋りながら覚えた言葉を、現地のスタッフに話してみたら、かなり笑われましたね(笑)。中国は、日本以上に地域毎に言葉や訛りが全く違うんです。


新しい環境で下着を中心に服作りを始められましたが、そもそも何故、下着を作ろうと思ったのでしょうか?

まず、自分が欲しい下着が無かったというのが一番大きな要因です。CSM時代の友達も、欲しいデザインが無かったり、体型がマッチしていなかったりと、不満を感じているようでした。機能性重視のタイプ、セクシー系やカワイイ系、オーガニック系など、下着の種類は限られているように感じています。例えば「DOVER STREET MARKETで服を買っている人が着ている下着は、一体どのようなモノなのか?」と考えてみるといいかもしれません。実際に着ているのは、普通のオーガニック系の下着だったりするのではないでしょうか。多くの女性は「この下着がどうしても欲しい!」と思って買うのではなく、限られた選択肢の中でベターだから買っている、といった印象です。


新しく下着を作る上で、挑戦したいポイントを教えて下さい。

肌に当たる部分なので、やはり素材自体がかなり奥深く、色々な可能性を感じます。その一方、ステッチなどディテールの部分もユニークなので、色々と調べている最中です。今、気になっているのは「ステッチ数で下着の印象がどのように変わるのか?」についてです。「35,000ステッチ入っているブラジャー」と「32,000ステッチのブラジャー」はどのように違うのか? 私はディテールマニアなので、デニムマニアが細かいディテールの違いを発見して興奮するように、下着のディテールに向き合っています(笑)。


宇佐美さんが理想だと感じる、下着と衣服の関係についてお聞かせ下さい。

服を作る際に気になっていることがあります。例えばメンズウェアの場合、ジャケットの素材、襟、中のシャツ、そしてネクタイをキュッと締めるといった所作を通して一体感を得られますが、下着と衣類の場合は、完全に切り離されているように感じます。なので、下着と衣服の完璧にマッチした関係を作り、ドレスアップの感覚を下着まで含んでもらえるようにするのが理想です。


衣服を作る際のインスピレーションはどのようなものでしょうか?

ブランドコンセプト「ステューピッド・エレガンス」をどのように服の形にしようかと考える中で、上海の日常生活に目を付けました。日常生活のちょっとした一瞬に生まれた無意識の服のシルエットが、マドレーヌ・ヴィオネが作るドレス並みにドレープしていることがありました。例えば、私の上司がトイレから出てきた時にスカートが捲れ上がり下着に入っている姿だったり、夏にシャツの裾を捲り上げてお腹を出して歩いるおじさんだったり。そんな日常の中で起こる「ステューピッド・エレガンス」な風景がインスピレーションになっています。


そのインスピレーションをアウトプットするプロセスについてお聞かせ下さい。SIRLOINのデザインは宇佐美さん、そしてDRIES VAN NOTENで働かれていたアルヴェ・ラガークランツさんの二人で行われていますよね。

マーケティング担当などを交えながら制作していきますが、大枠は私とアルヴェの二人で考えていきます。彼は、生地、プリント、エンブロイダリーなど、生地に関する全般を担当し、私は、糸の色や太さを調整したり、副資材の部分を担当し、服のディテールを詰めていきます。最初にコンセプトを決め、シルエット、デザイン、ドレーピング、フィッティングを重ねながら、どんどん作り上げていきま
すね。


チームで服作りを行う中で一番大切にされていることは何でしょうか?

そうですね……。チーム全体がブランドのコンセプトをどれだけクリアに理解しているかどうか、ですかね。


ブランドコンセプト「ステューピッド・エレガンス」の中の「エレガンス」の部分は、服のクオリティに関わってくると思います。以前「今は、針と糸の研究をしています」というメールを頂きました。そのお話についてお聞かせ下さい。

ミシン針は、生地によって使い分けするために色々な種類があります。各メーカーによって、針の太さの他に、尖り方、針穴の大きさなどが違うんです。一時期、針の解説書をダウンロードしては読みふける生活を繰り返していました(笑)。現在、ブランドの工場はアトリエから歩いて50秒位の所にあります。気になる針があれば、実際に縫い子さん達に試し縫いを行ってもらい、生地と糸のニュアンスを確かめています。


「ブランドの工場」と仰っていましたが、自社の工場ということでしょうか?

ブランドに出資して下さっている方の持ち工場なので、アトリエのすぐ近くにあるんです。


工場が近くにあるということは、製品のクオリティチェックをすぐ行えるという点でもとても有利ですね。工場と濃密に付き合う中で、他のブランドが長い時間を掛けて築き上げてきたアウトプットの地盤を、短期間で築き上げられるかもしれません。

そうですね。アトリエと工場の物理的な距離が、直接クオリティに関わっていると感じます。縫製のチェックはかなり細かく出来ますし、縫い子の方々も縫い方を聞きにアトリエに来てくれたりと、非常に良い環境が出来つつあるんです。そういう部分でも、まだまだ伸び代を感じますね。工場とアトリエが離れている場合、基本はメールや電話でのコミュニケーションなので説明に時間が掛かってしまったり、チェックが遅れます。また往復の輸送費が掛かってくるので、商品の値段にも少なからず影響が出ると思います。


プレゼンテーションも印象的だと感じているのですが、2017-18年秋冬コレクションはパリのトイレでプレゼンテーションを行っていました。

112年前に建てられたパリで一番古い公衆トイレなんです。皆からは「マドレーヌ・トイレ」と呼ばれています。今期のコレクションのイメージソースが「マドレーヌ・ヴィオネ」なので、“マドレーヌ”の部分が掛かっていていいかもな、と思ったのが始まりです(笑)。また、この時期「マダムピピ」と呼ばれる、トイレ掃除のおばさん達が一斉にクビになったんです。そんな彼女達がトイレの前で小さなデモ行進をしていて、そこで感じた「ステューピッド・エレガンス」もインスピレーションの一つになりました。そういえば、同じトイレでも上海だと皆が井戸端会議する場所なんです(笑)。


インスタグラムで拝見したのですが、ドナルド・トランプ大統領のヘアスタイルと、SIRLOINのルック画像を並べて投稿されていました。

ドナルド・トランプ大統領の髪型をヘアアーティストが解説している記事をオンライン上で見付けたのですが、その解説の仕方が、これまたマドレーヌ・ヴィオネのドレスの解説に凄く似ていたので(笑)。


同じくインスタグラムで、観客が一人もいないランウェイをモデル達が歩いている動画も拝見したのですが、どのような意図だったのでしょうか?

あるブランドはショーの際にインスタグラムを禁止しましたし、ランウェイに来ているお客さんが服を直接見ず、スマートフォンのスクリーン越しに見るという行為を嘆いている方もいます。また、高級ブランドの方々は、タオバオなど所謂“フェイク”を嫌っています。「本物こそ正義だ」と言っているように聞こえますが、そもそも「本物」と「偽物」という判断基準自体、どこから来るのでしょうか。そこで悪名高い“フェイク”をSIRLOINの「ステューピッド・エレガンス」で表現してみたら面白いのではないかと考え、「フェイク・ランウェイ」というアイディアに固まっていきました。


タオバオは、宇佐美さんがよく見ているウェブサイトでもありますよね。

そうですね。ウェブサイトとしてはAMAZONみたいな感じですが、売っているモノのバラエティが広過ぎるんです。誰が何を思って作ったのかというモノも沢山あって、そのモチベーションはかなり気になりますね(笑)。


フェイク・ランウェイでの音楽はどのように制作されたのでしょうか?

CSMの卒業コレクションの時から、ゲンセイイチさんというミュージシャンに作ってもらっています。抽象的なイメージを伝えても、求めているイメージが返って来るという数少ない人物です。今期は「匂いを嗅ぐ位の感覚で聴ける音楽」というイメージでお願いしました。


上海での展示会では、一風変わった食べ物が振る舞われたと聞きました。展示会とインスタレーションを通じて視覚、触覚、聴覚、味覚、嗅覚を網羅していますね。

そうかもしれません。そもそも、上海の展示会とパリでのインスタレーションは、ロケーションがかなり違いました。パリでは会場がトイレだったので、「えっトイレ? 臭くないの?」とちょっとした不安と興味が混ざり合った状態で来て頂けましたが、上海の会場は普通の家だったので、「フェイク・ランウェイ」をただ流すだけだと、パリでのインスタレーションの感覚と繋がらないと思いました。そこで「何これ? 食べられるの?」と思ってしまうような、タコをゼリーで包んだ食べ物をレストランDALIAHに作って頂き、少し取り辛い15CM位の小さい穴から出しました。


京都から始まり、ロンドン、パリ、上海、世界各国の人々と仕事をされる上で、不安や困難があったと思います。どのようなモチベーションで乗り越えて来たのでしょうか?

うーん、何でしょうね(笑)。結局は自分が楽しんでいるかどうか、ですかね。


本日のインタビューの直前に、以前教えて頂いた河島英五の『時代おくれ』を初めて聴きました。歌詞の中の「目立たぬように はしゃがぬように 似合わぬことは 無理をせず 人の心を見つめつづける 時代おくれの男になりたい」というフレーズは、宇佐美さんのスタンスを表しているようにも思います。

本当に格好良い曲なんです。この曲を聴きながら、いつも「精進しないといけないな」と思っています。 ー




SHANGHAI FASHION WEEKで発表された2017-18年秋冬コレクションより。