RYOHEI KAWANISHI

今ほど面白い時代はない。 1/2
ISSUE 6
INTERVIEW TEXT SHINGO ISOYAMA
3 年前、川西と初めて出会ってから、ほぼ毎日連絡を取り合っている。パーソンズ美術大学での卒業コレクションの日も、LANDLORD設立の日も。そんな関係を見兼ねてか、「川西からどの位、影響を受けたか?」と友人に問われたことがある。勿論「この程度だ」と答えられる訳はない。何故なら、そのような強い繋がりは時間を遡り、過去の思考すら書き換えてしまうからである。 時としてファッションは、人と人を結び付けるだけでなく、人生をも変えてしまう“マジック”としての効力を発することがある。所謂ファッション業界にエントリーした人々の多くも、そんなマジックに魅せられて来たのではないだろうか。しかし「マジック」の訳し方は、「魔法」と「手品」の二通りだ。言い換えれば、ファッションを「魔法」として捉えるのか、それとも、タネも仕掛けもある「手品」として捉えるのか、である。川西自身もそんな“魔法”に魅せられた一人であるが、“ペテン師”を自称する現在の川西をファンタジーの担い手の一人として数える人は少ないだろう。現にニューヨークで作られたLANDLORDタグの付いた衣服から、ファンタジーやロマンティックといった雰囲気を感じることは無い。加えて、川西はリアリティのない自分語り、生き様語りをして消費者を魅了するというタイプでもない。むしろそのような語り口のデザイナーを「エゴ丸出しは、イタ過ぎる」と嫌っているくらいだ。一つの型に閉じ込めらることを極度に避ける傾向にある彼にとって、そのような語り口は、主人公の視線とカメラの視線が完全に一致している映画のように映っているのだと思う。彼との日頃の会話を振り返ってみても、何か一つのジャンルに感情移入しているというケースは滅多に無い。あくまで客観的に情報を収集し、判断している印象だ。LANDLORDの2018年春夏コレクションのテーマである「レゲエ」に関しても例外ではなく、特別な思い入れや興味は無いそうだ。稀に電話口の向こうから、テーマに関する曲が掛かっていることもあったが、彼にとっては街中で流れるBGMと大差は無いのである。しかしながら、ファッションに対する執着には目を見張るものがあった。事実、暇さえあればモードの歴史やストリートウェア、学生の作品、ヤフオクまでジャンルを問わずリサーチを続けている。そんな川西が作り上げるスタイルとはどのようなものだろうか? また、川西自身のスタイルとは一体?

「ストリート」「ロック」「パンク」「モード」「ノームコア」……。これまでに数多くのスタイルが生み出され、ジャンルとして固着してきた。そもそもスタイルとは、社会に潜在する人間の欲望によって人為的、或いは自然発生的に生み出されてきた。そこには勿論、様々な人間のアティテュードやイデオロギーが含まれている。故にスタイルという言葉には「生き方」や「生き様」といった含みがある。つまりは単に装飾するだけではナンセンス、自身のキャラクターや時代の空気感を引き寄せ、人生をどう生きるのかを明確にしてはじめて“スタイル”になるのだ、と。しかし、彼はあえてそのようなイデオロギーと衣服の結び付きを切り離してみせる。彼自身の言葉に従うならば、イデオロギーを一旦クリアにする。すると、衣服自体のリアルな型やフォルムがはっきりと見えてくる。そして、その型やフォルムに何を加えるかということに、今の時代のリアリティを見出そうとしているのだ。 もはや「今時の若者は……」に代表される旧来の若者像で、彼らの存在を捉えようとすることは不可能に近い。彼らにとっては自然そのものであるメディアを駆使することにより、至る所にアクセスが可能となった。つまりは、泣きたい時に泣きたい動画を観るように、今現在の感情にフィットするアプリ、動画、テキスト、画像をサプリのように摂取出来るだけでなく、環境や所属するコミュニティさえもその日の気分によって変更することが可能なのである。そうして情報同士をコラージュしながら繋がり合うことで、今後も多種多様な表現を作り続けていくことが期待される。しかし一方で弊害になる可能性もある。誰もがインターネットに常時接続し、生活のディテールを共有しながら繋がり合うことが当たり前になった結果、社会の相互監視化がかつてないスピードで進んでいるといえるだろう。さらに、社会全体が「いいね!」ボタンに代表される「今、この瞬間に測定可能なモノ」ばかりを追い求めている今日、遥か先の未来への創造力が育ちにくくなっているのではないだろうか。ある時は全てが明らかなように見え、またある時は全てが曖昧なように見えるという世界。川西はこうした状況をどのように捉えているのだろうか。付け加えておくと彼の愛娘は平成28年生まれ。もちろん、生まれた時からスマートフォンに触れている。

LANDLORD展示会のためにニューヨークから一時帰国していた川西に、東京、そして彼の生まれ故郷である鳥取の二箇所でインタビュー取材を行った。出会い頭に「もはや、何を話していいか分からんな(笑)」と話していた川西だが、ボイスレコーダーのスイッチをオンにした瞬間、インタビューモードに切り替わっていた。まずは正午近く、歌舞伎町の喫茶店で収録した東京編からお届けする。


2018年春夏コレクションでは「レゲエ」、2017-18年秋冬コレクションは「ヒップホップ」をテーマにされていました。まずはテーマの選択に関してお聞かせ下さい。

そもそもメンズウェア産業は「ミリタリー」「ワーク」「レゲエ」「スポーツ」「パンク」「スーツ」のように、一つのスタイルを一つのブランドが追求し、そこにお客さんが付いて来るという構造で出来ていると思いました。そうすると長く続けているブランドの方が説得力が出てきます。それに、そもそも僕自身の問題なのですが、一つのスタイルを追求しようと思っても飽きがきてしまう(笑)。なのでLANDLORDでは、メンズが好きなスタイルをシーズン毎に一つ一つ塗りつぶしていくことにしました。今季は「LANDLORDのヒップホップ」、来季は「LANDLORDのレゲエ」といった具合に。


LANDLORDの工場はアメリカ軍へ支給する軍服を作っています。生産背景自体が「ミリタリー」という一つのスタイルを追求していると思うのですが。

そこに関して僕が思っているのは、「戦場で用いられる機能服をストリートで着るということの価値は、一体どこにあるのか?」ということ。無いならイデオロギーを一旦クリアにした状態で、色々なスタイルを取り込むことに特化させた方が時代に合っていると思いました。ただ、一般的なブランドと違い、そのような生産背景でのアウトプットなので、スタイル化させた服にもほんの少し本物っぽさが出ます。


例えば「パンク」をスタイル化する場合、パンクスが持つイデオロギーを一回クリアにするということでしょうか?

「パンク」に関しては、クリアにするとまではいえませんね。僕もどちらかというと反骨精神がある人間なので(笑)。


来季コラボレーションされたBLACKMEANSは、本物のパンク精神からなるブランドですよね。

スタイルに宿る本物の精神はブランドに無い部分なので、今回は本物のパンク精神を持っているBLACKMEANSさんにコラボレーションを依頼しました。ライダースジャケットなど、パッと見て“パンク”を感じる型をあえて避け、ワークウェアやミリタリーウェアといった、パンクとは無関係な型を丁寧に作って頂くことで、モノ作りの姿勢や質に宿るパンク精神が浮かび上がるのではないかと考えました。


「デザインしないデザイン」というコンセプトを掲げながらも、現状では細かいデザインの部分まで遼平さんが詰めていますよね。LANDLORDの哲学から考えると、今後そういった作業から遼平さんが少しずつフェードアウトしていく形が相応しいのではないでしょうか?

本来はそれが理想(笑)。今、クリエイティヴ・ディレクターという立場とはいえ、生産背景など細かい調整にまで手を出しているので。その部分が全部整ったら、もっとカラッとしたプロダクトが出来ると思います。


安直なオーバーサイズの服が多く溢れる中、LANDLORDがオーバーサイズの服を作るのには、どのような意図があるのでしょうか?

何故かというと、僕が今住んでいるニューヨーク・ハーレムには、ただ単にサイズが合っていない服を着ている人が沢山いるから(笑)。例えば、無料で服を配布している教会などは、どんな人でも着ることが出来るように、大きいサイズの服しか揃えていません。刑務所でも同じような理由で、サイズが合わない服を着せていたことが腰パンのルーツといわれています。ハーレムに住む黒人達がサイズの合っていない服を着ているのも、スリフトショップでビッグシルエットが売りのSEAN JOHNやROCAWEARが大安売りされているといった理由からです。


あくまでその目で見たリアリティを追求している、ということですね。

そうですね。僕が一番大切にしているのは、ストリートで見たモノをそのままストリートに出すということ(笑)。その方が単純にリアル。こねくり回したコンセプトの服は、リアリティが欠如しているし、デザイナーのエゴで作られた服はイタいなと思うので(笑)。


インスタグラムのタイムライン上では、一切知名度などの無いローカルな友達の投稿の次に、VETEMENTSの投稿が表示されたり、かけ離れた環境で生きている人達が一堂に会することによって一つのリアリティが形成されているような気がします。そのようにして生まれたリアリティの下、何をやったら一番インパクトを残せるか、といった“大喜利”が行われている印象です。

確かに。そうなるとギャグ路線か、ウィット感が強調されますよね。本気になればなる程、日常とのズレがあからさまに見えてイタさが際立つ。フィクションの世界が善しとされた時代が過ぎ去った今日、リアリティの中にちょっとしたエッセンスを入れフレッシュに見せるのが面白い。その作業は、一流の芸人さんのように全体を把握している人にしか作り出せないですね。結局のところ、分かる人にしか分からないが、分からない人も同時に楽しませよう、っていう。


「フレッシュ」というキーワードが出ました。「新しさ」と「フレッシュ」では意味合いがかなり異なると思いますが、遼平さんにはどのように映りますか?

「フレッシュ」というキーワードが持ち上がってきたのは、ここ3~4年位だと思います。ファッションがどんどんコマーシャルに流れ、他のブランドと情報量の勝負になった時、“新しい”を追求するモノ作りやイメージ作りだと、どうしても時間が掛かってしまう。“フレッシュ”なモノやイメージはその場しのぎですぐ作れるので、どんどん作ってどんどん出すといった流れが生まれたように感じます。


今現在、何が最も“フレッシュ”だと感じますか?

「中身の無さ」ですかね。特にヒップホップ・ミュージシャンのゆるふわギャングとリル・ヨッティは、本当に良い。歌詞などには特に意味が無く、コンテクストから逃れることで、逆説的にコンテクストを作るような流れですね。遊びながらノリで作っているような音の気持ち良さ重視の曲達は、聴いていて清々しいし、今までの塀の中での生活や黒人差別、反骨精神、態度などを歌っていたガチガチでお決まりのコンテクストとは明らかに断絶されています。紋切型化した重々しい雰囲気の言葉と比べ、彼らのフレーズには重々しい言葉でさえ一瞬でパロディ化してしまう軽さがある(笑)。既に本物っぽさと偽物っぽさには大差は無いのだとさえ感じさせてくれます。


確かに遼平さんの最近のレパートリーに入っていますよね。僕もたまに聴きますが、言葉を発することの気持ち良さや開放感を感じます。

彼らにはプリミティヴな感覚やシンプルな遊び心がある。ずっと前から「こんな時代が来るかもしれない」と思っていたけれど、「今、ようやくやって来たか!」といった感じですね。そもそも人生を重く考えて生きていると、どん詰まりを感じてしまう。クリエイターだったら、生みの苦しみとか(笑)。そんなんで沈んでいってしまうくらいだったら、軽い方に流れた方がいい。


とはいえ、あまりにも中身が無いと陳腐化が激しいのではないか、とも思ってしまいます。

実際に消費される速度は、かなり早いと思います。所謂ファッション的な消費。現に、悪い意味で消費者のような気分の作り手は山のようにいるわけです。そういう人達は、社会の流れに巻き込まれて消えていってしまう。客観的に観て外側から流れに乗る、といった作業をしないと、長くは続けられないですよね。


そういった流れからか、純粋にファッションデザイナーとしてデザインをしている方も少なくなっていると思います。

そうですね。「デザイナー」という職業すら、「ミリタリー」「ワーク」などと並ぶ一つのスタイルになってきているような気さえします。一般的に「デザイナーズ」とか「デザイナー物」といわれているように。そもそも、一体何人の消費者がLOUIS VUITTONとSUPREMEの創始者、そして現役デザイナーの名前を言えるのか。今成功しているブランドは、デザイナーが自分の名前を前面に出さずに一歩後ろに引いているように感じます。


確かに、消費者の感覚も変化していますね。そう考えると、世界各国で同じ情報が共有されている今日だからこそ、ブランドの受け入れられ方にもお国柄が出ると思います。

もろに出ますね。例えば、アメリカでコレクションを発表すると、セレブリティやスタイリストなどトレンドをキャッチしたい層がまず初めにやって来る。彼ら彼女らが直接、消費者と繋がっているかは別として、ゆっくりと世の中に浸透させていく。対して日本は、消費者がトレンドをキャッチする能力が物凄く高いです。


LANDLORDを着ている方々を見ても、アメリカと日本、それぞれの国の男性、女性では着方が異なっていますね。

アメリカの男性顧客は黒人さんが多いですね。女性だとグラマラスな方が、体が先にあって服が後にあるような着方で、体を露出させています。日本の女性は、身体のシルエットを隠したり、身体の形を変えるという感じで、巻き付けるように着ている印象ですね。


ルックで見ると大胆さがありますが、ラックにかけた状態で見ると意外にもシンプルさを感じます。

確かにラックにかけた状態は凄く普通(笑)。けれど、袖を通して感じることは沢山あるかと思います。一応、ただ大きくしただけではない着心地の部分も考えているし(笑)。そういえばLANDLORDの立ち上げ時から、メンズウェアを着ている女性のイメージがどこかにありましたね。


ヴィヴィッドな色使いもブランドのカラーとなっている印象です。

色使いに関しては、自分が学生時代にウィメンズウェアのデザインをしていたことや、ゲイ・コミュニティと近いことに由来していますね。


もし今女性になったとしたら、どんな服を着たいですか?

無いですかね……。ウィメンズウェアのコレクションは、結構チェックしているけど、着たいかどうかとなるとちょっと微妙で……。捻り過ぎのデザインが多い気が……。


時代、値段に関係無く選べるとしたらいかがでしょうか?

それなら幾らでもある(笑)。PATRICK VAN OMMESLAEGHE、HALSTON、TOM FORDが手掛けたGUCCI、MADAME GRÉS、THE ROW、ISABEL MARANTのニット……。


最近購入したモノは何ですか?

最近だと……、LOEWEのシャツ。普通の服に飽きてしまったので、ちょっと捻られたモノが欲しいなと思って(笑)。


普段はCHRISTOPHER NEMETHの服をよく着ていますよね。

個人的な繋がりがあって普段からよく着ています。自分で服作りを始めてみて改めて思いますけど、やっぱりネメスさんの服はレベルが違う。服自体は変形だけれども、身体を入れてみると凄くフィットします。外人さんが着ても勿論格好良いと思いますが、やっぱり日本人に合う服。生前のネメスさんの飾らない人柄や、一着一着丁寧に向き合っていた精神は、今現在でも感じることが出来ます。こんな僕でも一瞬で本物だと分かるブランドです(笑)。


そういえばLANDLORDの服はあまり着ていないですよね。

たまに着ることもあるけど、基本的には着ないですかね。ちょっと若過ぎるかもなと……。僕、もう30歳なんで(笑)。


意外とストーリー重視の買い方もされている印象です。

そういう買い方も好き(笑)。あの時のこのコレクションとか、誰と誰が関わって生まれたとか。でも、それは個人的な趣味の域です。


LANDLORDから生まれたストーリーを教えて下さい。

今回でいうと、服よりもモデルにストーリーがありましたね。今期、ファースト・ルックとラスト・ルックを歩いてくれたモデルのレイ君は、キャスティングが終わった次の日に突如現れ、「僕を使って!」と言ってきた。2ヵ月前に細過ぎるという理由でFEDEXをクビになり、親から「ドラッグディーラーでもやれ!」と言われた彼は「そんな人生は嫌だ」と思い、フィラデルフィアからバスで4時間、ホテル代も自腹でやって来た。「ルックのモデルは勿論、ランウェイを歩くなんて初めてだ」と言っていましたが、自分の人生を変えたいという意気込みを聞いたので、最初と最後を歩いてもらうことに。ショーの3日後、モデル歴3日で『VOGUE』の記事に彼の写真が載るっていう(笑)。


ショー当日は、演出の部分も担当されていますよね。

ライティングやスモークマシーン、モデルの歩くスピード、音楽の間隔など、指示出しは全部僕ですね。


90年代のコレクションでは、華やかなVERSACEやミニマルな世界観のHELMUT LANGなど、多くのブランドがその時代毎の独特な雰囲気を作り上げていました。今現在、実際にショーを行ってみて感じる時代の雰囲気はどのようなものでしょうか?

そういったニュアンスはもう無いですね。どんなに激しいことをやったとしても、「うんうん、分かる分かる」となってしまうので。文字通り“フラット”な世の中ですよね。


至る所から摘み食いするように、衣服や情報を選択出来るようになった今日、極端な話をすれば「MAISON MARGIELAがVETEMENTSをサンプリングしてる」という誤った歴史解釈をする顧客がいるかもしれません。しっかりとした歴史を伝えるため、多くのメディアでは今現在元ネタとされている、デザイナーにとってのデザイナー達を再評価する流れがあります。この流れに関してはどのように感じますか?

逆に無茶苦茶な解釈もいいんじゃない(笑)? それはそれで面白い。確かに元ネタの服達は今っぽく感じるかもしれないけど、明らかに“今”ではないですよね。あえて言ってしまえば、過去の産物なわけです。今現在の特徴としては、「文化の匂いが薄くなった」という点が面白い。以前よりも確実に文化のプライオリティが低くなり、消費物のプライオリティが上がってきたので、当然消費物が洗練されていく。でも、そこに乗りすぎていると新しいモノは生まれないのかもしれません。


ファッションに関するネガティヴな意見も多い中、遼平さんは現在の状況を楽しんでいるように感じます。

当然(笑)。今ほど面白い時代はないですよ。ダメになり過ぎているから這い上がるしかないし、可能性しかない。それに先人達が見えなかった世界が開かれている。とにかく今は、どれだけ浅く出来るかが一番深い。浅さをきちんと読み取ることが、ブランドの深さに繋がっています。




2017-18年秋冬コレクションより。