BALMUNG

日本的創造力の現在地。
INTERVIEW TEXT SHINGO ISOYAMA
今回のインタビューの少し前、個人的にBALMUNGデザイナーのハチさんと食事する機会があった。場所は渋谷。丁度ハロウィンの日だった。成り行きで決まった日程だけに、当日の劇場と化した空間には正直驚いたが、待ち合わせ場所に合流した後は、辺りを見回しもせず黙って人の流れの後に続いた。

広さを意識することもなかった空間を仮装した人々が埋め尽くし、各々がシャッターを切ったり、動画の中の人になっている。構図すら選びようのない状況を先読みしてか、各自はせめて服自体が持つ物語と独特のコミュニケーションで個性を出そうとしていた。そうして切り取られた姿達は、即座にSNSにて共有され、共感を受けることで、新たな連帯を生んだ。「インターネット以降、新たなモラルが生成しつつある」と以前ハチさんが話していたことを、なるほどとこの光景から合点した。スクランブル交差点から放射状に伸びた、やはり人で埋まった一本の道に目をやった丁度その時、ハチさんに後ろから肩を叩かれた。その指差す前方のゆるやかな人の流れにBALMUNGを身に纏っている人物の姿があった。デザイナーにとって、自らの頭で思考し自らの手で作った衣服に街でまた巡り会うのはどのような感覚だろうか。ハロウィンの渋谷で、BALMUNGを纏うという選択にはどのような意味が生じているだろうか。

新しい衣服とそのディテールが明かされる度に、ブランドとしての新たな領域が姿を現す。そして、その領域は社会の新しい風景を作り上げる。勿論どの職業の人達もそうであるように、デザイナー自身も生産者でありながら、消費者であるといった二つの面を持ちながら社会と関わっている。自身が関わる領域に関しての造詣は深くとも、別の分野、例えば火力発電の仕組みや様々な物質の製造に関する領域はイメージが湧きにくいのではないだろうか。そう考えると、僕達は過去あるいは今現在、作られつつある物を含めて、どのように製造さているのすら分からない物体に囲まれながらで生きているということになる。

消費者の選択や発信を読み解くことによって「今、感じたこと」を捉え易くなった。そして何より一部の作り手にとって、「今」を分かり易いシルエットやプリントに置き換えることで、汗をかかない物作りをすることが容易になった。しかしながら、その容易さ故、本来自分がどの道へ進みたいのかを指し示す指針が見えにくくなっているのも事実である。「今、感じたこと」を遠く離れた未来へと繋げることは、「今、ここ」ではない別の軸を作ることから始まるのかもしれない。


2000年代のストリートスナップを見た時、現在の片鱗が伺えるシルエットを纏ったハチさんの姿がありました。ご自身が過ごされた当時の原宿について教えて下さい。

今と比べると街の中に人が立ち止まることの出来る場所が、もう少し多かったと思います。街中で友達と会い、その友達の友達と出会う。そんな日々が積み重なり、流れや空気のようなものが作られていくような感覚でした。


その場所ではどのようなことを話されていたのでしょうか?

日中に開催されているクラブ状態のようなものです(笑)。街自体がフロアといった感じで、話す内容も正直クラブノリでの表面的な挨拶のようなコミュニケーションのようなものが多かったです。2005年頃の原宿は、ストリートスナップや雑誌、店舗を軸に動いていて、その中へ様々なジャンルの人々のアクセスがありました。過疎の地方や過密になる前の都市圏には、空白や余白があるので、一般的な流行を善しとするような価値観が集中することにある種の正しさや方向性が存在すると思います。しかし原宿の場合は、人や情報が集中し過ぎて、トレンドに反発するようなファッションだったり、トレンドの空気感から自身の行為や存在、イメージを意識的に遠ざけたりするような人達が自然発生的に生まれていました。それはコミュニケーションや情報量、ルール形成が過密になり過ぎた結果、吸収や蓄積の臨界点を超え、逆転するかのようにそれらを吐き出したり、ルールの逆転現象のような流れへ向かって行った印象です。日頃、外の人として原宿に買い物などをする人達が沢山集まる中、原宿を居場所とするようなレベルでファッションに関わっている人々は、自らをその場所に保つために流行に反発していたような印象があります。勿論、このような人達がイノベーターやオピニオンリーダーとなり、次の流行を作る流れの発端になって行くのですけれど。


原宿を構成していた要素達はどのような形で吐き出されていったのでしょうか?

今思うと、原宿は経済的にも文化的にも、過疎な都市や周りの世界に対して夢と希望を作り出して与えていた、といった意味においては、まるでディズニーランドのような場所だったと思います。原宿自体がメディアとして機能していましたね。そして、ここがとても面白いポイントなのですが、2009年あたりからそのような夢と希望を乗せた原宿的ともいえる現象は、インターネットという新しいインフラによってコミュニケーションの流通構造を大きく変化させたため、原宿以外の場所でも起こるようになりました。ここ最近の東京、名古屋や大阪などの都心部は、インターネットを経て、リアルとネットの新しいバランスによる現実の場所とストーリーを歩む一方、地方では物理的な影響が小さいのでインターネットの影響が大きくなったストーリーが進んでいる印象です。今は都市部とそれ以外の地域が別々のストーリーを歩んでいるパラドックス的な世界だと思います。


インターネットを介してこのような状況になることをイメージされていましたか?

10年前のことを考えてみると、今の状況を想像することなんて出来ませんでした。当時、自分にとって、日本の中では原宿のファッションのみが実体を持って新しいものを生み出しているという感じでしたので。しかしその後、まさかアキバとファッションが重なる時代感があるなんて想像もしなかったです。そもそも人間には、今見えている部分と、実は見えていない部分の二つの領域があると思います。見えていない領域から新しい物事が供給されて来ることもあれば、気が付かない内に見えている領域から見えていない領域に流れて行ったりと、極めて流動的です。やはり大きな川の流れの中で、たった一人の力や考えだけで現実をひっくり返すようなことは出来ないので、その川の流れをしっかり見つめながら、流れを自分の存在でどのように肯定出来るように物事を作れるか、だとは思っています。時代は常に「時間こそが最大の批評」と、後になってからその物事の正しさや役割は決定付けられるので。


ブランドテーマの一つに掲げられている「灰色」とは、ハチさんにとってどのようなイメージなのでしょうか?

灰色は中間色ですので白でも黒でもない、どちらでもあるしどちらでもない、といった忍者のようなイメージの色ですよね。または、無色以外の何か色や質量があるものが混ざり合うと、必ず灰色になってしまいますよね。より具体的に説明すると、2006年頃の日本のアニメ『らき☆すた』のようなニュアンスからもインスパイアされている僕の概念です。というのも『らき☆すた』では所謂ストーリーではなく、日本人の誰しもが高校生の時に感じたことのある、平凡な日常の“あるある”が描かれています。作品自体の答えや、物語を主導するような言葉や世界のようなものを何も提示することが無く、映像側が観る人の日頃持っている記憶や感情に接続してきて、それがその観る人にとっての作品のストーリーとなるのです。観る側にストーリーを託しているという行為が、現代におけるファッションのイメージと重なります。様々な立場の人達による様々なリアリティによって、以前までのはっきり共有出来ていた価値のようなものが、どれが本当でどれが違うことなのか分からない、迷彩のように空間に溶け込んでしまう、そういう感覚や感情です。灰色の温度感とでも言いましょうか。


衣服を選択するにあたって、個人的な経験に由来する基準が大切になると思います。その基準は購入する時、またはコーディネートする時に、異なるブランド同士の掛け合わせをアリかナシかを判断する際にも現れてきます。実際にBALMUNGを購入されている方々のコーディネートから基準を読み取ってみると、シーンにおけるブランドの一面がとらえられるかと思います。

確かにそうかもしれません。普段からSNSのアカウントにタグ付けされたコーディネートはチェックしています。例えば、韓国のお客さんが、GIVENCHYやRAF SIMONSといった、ある種メインストリームとされているようなブランドにBALMUNGの服を合わせているのを見た時は、興味深かったです。表面とは別の階層で、強く芯が根付きつつあるのかもしれません。後は、A BATHING APE®のマイロ®との合わせをしている方がいて、外国の人だからこそ見える日本的想像力のアイデンティティの、何か輪郭のようなものを感じました。不可逆性であるファッションの世界では常に現実が一番強いので、実際に何が起こっているかを考えることは非常に大切です。


ハチさん自身はどのような基準で衣服を買っていますか?

色々と買い物をしてきましたが最終的にはあまりブランドなどは関係無く、いかに身体にハマるかといった基準で買っています。勿論ファッションモデルのような体型ではないので、モデルと同じような服装をしても同じにはならないので……。また、当然ですが、気分で服を買い替えたりして楽しんだりすることもあります。その結果、ワードローブが有機的に365日接続しているイメージです。ファッションは、人間と外の社会の狭間に存在するインターフェイスなので、入力装置であり出力装置です。当然変化します。少なくとも自分なりのペースで服装を楽しんでいます。


今までの人生で、欲しくても買えなかったものを教えて下さい。

一番服が欲しくて買い物を沢山していたのは20代前半です。当時、BLESSとBERNHARD WILLHELMの服は沢山着ていました。気が付けばどちらのブランドも、日本から何かしらインスパイアされてアウトプットしていた服だったと思いますね。勿論、単純に高くて買えなかったものは沢山あります。日頃お店で売られている商品でも、実はかなり少ない数しか生産されていない場合が多いのです……。この二つのブランドは、欲しいという意味でも、憧れという意味でも好きでした。


今現在、最も欲しいアイテムはなんですか?

今は単純に自分が持っていないという意味と、TPOなどを考えて、HERMESかPRADAの切り替え無しのレザーブーツが気になっています。お金に余裕がもっと出来たら、ですかね(笑)。ただ、自分のブランドでもっと良い服を作りたい、という願望の方が強いです。自分の作ったものでも、他人が作り出したものでも、身体に合えば自分で着たいですね。自分のブランドを持つ前までは「着飾りたい」という感情を持つものですが、自分で作り始めてからは「もっと作りたい」という方に気持ちが移ろうものなんだと後から気付きました。恋愛と結婚みたいな境目と不可逆性があるんだと思います。


BALMUNGもそうですが、強いアイデンティティを保つブランドは、衣服のディテールからブランドらしさを感じ取ることが出来ます。人間に置き換えてみると、手や足だけでその人が誰であるかを判断することはとても困難です。やはり様々な情報が刻み込まれている顔こそが、その人らしさをたらしめていると思います。そのような点から考えると衣服は皮膚の延長でもあり、顔の延長というような気がします。

確かにその経験は分かります(笑)。断片で感じさせるということは、よっぽどそのブランドらしさが詰まっているのでしょうね。そもそも、顔は記憶や信頼の延長だと思います。会社の顔、政治家の顔、学校の先生の顔、親の顔、色々な社会的な信頼のイメージがあります。もはやその印象の違いってファッションですよね。ブランドの服自体、デザイナーの記憶や信頼によって生まれて来ると思いますし、そういったものを身に付けるということはやはり特別な経験であり、深い身体レベルのコミュニケーションなのかもしれません。


現在のファッションシーンにおいて、取り分け人種への眼差しが大切になっている思います。例としてゴーシャ・ラブチンスキーがロシア人モデルを、グレース・ウェールズ・ボナーは黒人モデルをキャスティングしたりと、自身のルーツを示すことによって、新鮮さやブランド自体の力強い根拠が生まれている一方、人種や顔がシーンにおける分類のタグとして機能していると思います。そのような点から見てルックブック、インスタレーションに日本人モデルを起用しているのはどのような狙いがあるのでしょうか?

2010年の段階で、パリの展示会で外国のブランドと並べられていたので、早い段階で大きな範囲で異なる人間との差異を感じる経験を得たことが大きいかもしれません。特に日本人同士だと同質性のコミュニケーション感覚に無意識になることが多いですから。しかしながら、狙っての起用というよりは、当時の自分の身近にいる人達とコラージュするような製作過程や対話環境の中で生まれ、次第にそこに自分なりの根拠や物語が現れてきたという感じですので、なるべくしてなったと言った方がしっくりきます。シンプルに自分の足元や手元というのか、自分の言葉を使って物作りを行った、というような感じでしょうか。自分が思い入れや考えを持つことの出来ない対象に衣服を着せることが、自分のなすべき表現だとは思えなかったので。だから常に自分にとって意味や感覚、イメージがある人をモデルとして起用させてもらっています。特にヴィジョンや哲学の無いモデル選びをしているファッションブランドって、見ただけですぐ分かるじゃないですか。ブランド表現は総合表現であり、「言語」としての側面からも非常に情報量を持っているものですし。


インスタレーションでは衣服を中心に据えつつ、音楽、空間、モデルが共鳴し合っている印象です。

それは嬉しいですね。すべては画作りだと思っています。僕の場合は2D的な、少し非リアルな空間設営を意識した上での音楽も毎シーズン作っています。気が付けば今までに6曲ほど製作してきました。こう考えてみると、音楽はBALMUNGブランドの物語を説明する上で非常に重要な要素ですね。


発表をランウェイ形式で行う予定はありますか?

今のところは特に考えていません。勿論、発表する場所やタイミングによって、意味や価値は様々に変化すると思います。今はブランド自体の前提をより深く知って頂く必要性を感じています。


今後、衣服以外で新たに作りたいものはありますか?

そうですね……。光と立体物という両方の性質を持っているので、シャンデリアは作りたいなと思っています。


以前と比べて、ファッションに関連するメディアの在り方は大きく変わってきたと思います。コレクション情報も、SNSを駆使することにより、ライヴさながら情報を入手することが出来ますし、過去の膨大なアーカイヴにも直接アクセス出来ます。その一方で動画に対するアプローチが気になっています。YOUTUBEやニコニコ動画、VIMEOにもコレクション映像が存在しますが、いずれも再生数は少ないように思えます。

確かにそうですね。例えば、衣服を縫っているところなどは映画のように映すことも可能だと思いますし、本来ファッションは人間に近い場所なので、感情的な映像になり易い気がします。これからは全体的にファッションにおけるエンタテインメント性を強めていくことこそ、様々なジャンルがミックスしながら変化していく現代においては必要なのではないかと思いますね。そういった空気感を含めたヴィジョンを明確に魅せることで、衣服を買う根拠を付けるといった流れが出来たらいいですね。YOUTUBEには、今観ている動画の関連動画として、同時代に作られたものやニュアンスの近い作品といった横の繋がりをベースに表示されますが、動画の元ネタや背景を知る上で大切な歴史といった縦の軸は表示されにくい設計です。膨大にアーカイヴがある中で観たことの無いものを観るという経験は、その作品がいつ作られたかに関係無く、観ている今、その瞬間によって培われていきます。そうした文化を介したコミュニケーションにおいては、オリジンの証拠が何か別の形になってきているのかもしれません。


テクノロジーとファッションについての議論も頻繁に語られるトピックになりました。ハチさん自身も昨年、伊勢丹新宿店本館内のTOKYO解放区にて開催された「未来解放区万博 ~デザインとテクノロジーは、私たちの未来を変える!?~」に参加されていました。テクノロジーが進む社会に関してお聞かせ下さい。

テクノロジーを纏った、例えばゲームという領域が現実の領域に浸食し社会性を帯びてきた印象です。例えば僕が2009年の作品である『ファイナルファンタジーXIII』を2013年に初めてプレイした時、ゲームというジャンルは映画を乗っ取ることが出来る、と確信しました。表現できる尺と没入感がゲームの方が長くて深いですし、映画には基本的に2時間程度の尺でしか世界を説明できませんから。ゲームというジャンルと表現力の持つ解像度が、元々実写映画の領域であったリアル空間内で人物が演じることでしか表現できない人間の肌や表情や感情といった感覚に圧倒的に近付いて来ているので、かつて絵画の領域の一部を写真というジャンルが圧倒的に奪ってしまったように、現在の映画の表現領域をある程度、今後はゲームというジャンルやフォーマットが代替していく可能性があるような未来も遠くないのではと思っています。ハリウッド業界がゲームの世界に進出したらもう……。周知の通りですが、肌や信頼の延長としてのファッションという観点から考えると、ゲームの世界でもオンラインゲーム廃人というような社会現象も起こっているくらい、デジタル領域やネット領域がファッションの一部を既に大きく代替し始めていますよね。とにかく全ての領域は横断的に変化しているのです。希望的な未来もあれば部分によっては衰退的な未来もあるでしょう。芸術に「観念的な見方」を加え、その後のルール変更を余儀なくさせたデュシャンのように、また「複製と価値」の構造において未来を示唆したウォーホルのように、ファッションもまたその作品と価値において時代と共に扱う素材を替えてきました。原始時代では、骨や狩り殺した動物の皮で霊長類たる自分達を意味したともいえるでしょうし、モノもお金も十分ではなく大半の人が貧困の中で暮らしていた時代には、豪華に着飾った装いや服は強さを誇示するファッションでした。移り変わりの激しくなったトレンドゲームにおいては、速さというルールが加えられ、自身の速さを証明できる者が勝者となりました。インターネット以降、本格的な情報化社会によって圧倒的に多様化した未来の社会において、ファッションの素材は、いくらでもどんな概念でも素材となり得るのだと思います。ファッションというのは実際どんなものでも素材にしてしまうのです。情報化社会とかテクノロジー社会などと言われているここ最近ですが、そこに新しい時代の方向性や価値観が現れてくれば必ず、ファッションはそれをフォローし、ファッションがそれを僕達に具現化して見せてくれるのです。


率直に言って、VRと相性が良いブランドとそうでないブランドがある印象です。ご自身ではVRとファッションの相性をどのように感じていますか?

そもそもファッションがゲームの世界を利用するというよりは、ゲームの領域が現実世界に食い込んで行っているというのが正しい認識だと思います。例えば、コレクションなどは、自らが到達出来ないプロモデルの美しくて圧倒的な身体に芸術的な服を着せ、エクストリームに昇華されたものを見て興奮するというような、まるで芸術鑑賞のような楽しみ方だと思います。ゲームにおいて重要なのは自分とその世界ですので、肌や息づかいを感じる他人の存在のようなものを介さない場合が多いのです。新たなインフラとして、VRとファッションの掛け合わせによる新しい社会は少しずつ進んで行くと思いますが、他者を介した替えのきかない領域、例えば現実の社会空間性の中での素晴らしい着心地だったり、真心のある感触に重きを置いたラグジュアリーなファッションなどは今まで通り残ると思います。そして、ファッションとVRには一部分においては直接の相関関係はあると思いますが、衣服とVRにはあまり直接的な関係は存在しない気がします。


以前とは異なる価値観や環境から発信されている若手デザイナーに関してどのように感じていますか?

正直、今の若い子達は有利だなと感じています。成功だったり具現化するために単純に物理的な障害がかなり少ないと思いますし、心構えと必要な手続きが揃ってればリソースが少なくても、本来遠かった物事や場所にアクセス出来ます。そもそも若い時期は、表現者であると同時に消費者でもあり、横には波動が伝わり易い仲間達がいます。とても羨ましいです(笑)。 僕自身、システム的な新しさよりも感情的に新しいものが好きなので、単純に新しい世代を純粋に興味深く見ているだけなのかもしれません。


ハチさん自身も常々、若い人へのパスが大事だと話されていると思います。

そうですね。それは、渡した瞬間に新たな可能性が発生するからでしょう。自分の知らないことを他人は知っているので。また、社会があって自分が存在します。さらに、過去の積み重ねがあるので今があります。自分以外の周りの世界に感謝しなければいけないことが沢山あります。あと、基本的に僕はお節介焼きなんだと思いますよ(笑)。


次の世代にも着実にバトンが受け継がれている印象ですが、BALMUNGブランド自体はどのタームにいると感じていますか?

ブランドのポテンシャルだけを見せるタームはもう終わったと感じています。可能性だけでピックアップされるだけでは済まされない、関わっている周りや顧客からもブランドとして期待をされているような中堅のタームに入ってきたと感じます。改めてブランドを継続することは勿論、ビジネスで恩返しする所までを含めて総合的に進んで行きたいと思いました。ありがたいことに、今までの日本の市場は小さいブランドを賄うには充分過ぎる程でした。しかしながら、僕達もグローバルな環境に身を置いているのだという感覚をひしひしと感じています。ゴミ袋を使って東京のディストピアとユートピアを表現した2013-14年秋冬コレクションからは、ネームタグに「東京」と大きく書くことで、世界の中での自分の立ち居場所の表現として、東京らしさを強く押し出すことを意識しています。今後も日本の土着性を確立しながら、その世界との繋がりを自分の表現の武器にしたいと思っています。


「土着性」という言葉があがりましたが、以前お話を伺った際に「自分なりの土着性を持っているという点で、リック・オウエンスにシンパシーを感じている」と仰っていたのを思い出しました。日本人として日本で作られているハチさんにとって、この国の土着性をどのように感じますか?

リック・オウエンスは、他者からインスパイアされずに自分自身をリミックスさせ続けることで、カルチャーを築き上げてきた数少ない素晴らしいデザイナーです。全てがこのようなデザイナーでなくてもいいと思いますが、日本にもこのようなデザイナーがもう少し必要な気がします。まず、日本は圧倒的な文化度も含め市場自体も豊かな先進国です。そこには世界が目指したはずのユートピアがあると思います。表面的には危険を感じるような争いがなく、24時間営業している安価で皆に優しい飲食が揃っていて、UNIQLOや松屋といったインフラの整った企業による、民間レベルでのセーフティネットが形成されている。この街の在り方自体が、ある種世界が望んでいたグローバル化の答えの一つだったのではないかという気がします。創造性の点から考えても、世間的には日の目を浴びていない作品一つ一つですらも、物凄い洗練のされ方があります。例えば、オタクと呼ばれる人達によるエロ同人誌やエロ漫画の表紙やイメージのクオリティは、才能の無駄遣いと言ってもいいレベルです(笑)。その創造性を生み出す土壌は、集合知や集団芸的な構造によって成り立っていると思います。たとえ自分一人に力は無くても、身近にいる良いお手本に自分の創作を付け足すことで、オリジナリティを小さい形で出すことが出来ます。そして皆が誰かのお手本となる訳です。次に起こるのはお手本とお手本が、互いに参照しつつブラッシュアップしていくという現象です。全員が全員にとってのインフラとなっているその光景はまるで、自分達自身で機械になっているようにも思えます。「みんな機械になればいい。誰も彼もみんな同じになればいいんだ」と言うアンディ・ウォーホルの残した言葉にも重なりますね。しかしながら別の点から考えると、日本のファッション産業構造は欧米のOSで動き過ぎなのではないかという思いもあります。外から来たものを無条件に受け入れ、自身の評価を自身で行えない構造が伝統になっています。


日本の豊穣さを考えると、迷いが無く戦いに強い一神教とは異なり、選択肢が無数にあり迷いの方法が多くあることが強みでもあり、弱みでもあると感じます。何かを迷う上での、自分の居場所が特に大切な気がします。

確かに世界的にも選択肢が無数にある国ですね。迷ったら死んでしまう砂漠の国とは異なり、敵の襲来を受けにくい森、山、川の中に生きてきた国です。日々変化する天候の中、流れ着いた海外の文化も面影を残しつつ、日本らしい形で移ろってしまいます。そして何より能面や化粧という、世界の中でも少し特殊な文化があります。西洋を対照的に捉えることで、日本では移り変わること、姿形を替え新しく成り変わることこそが肯定されてきた価値観であることが見えてきます。しかしながら、元々多かった選択肢に加えて、新しい情報の渦の中で自分の居場所が見えにくくなっているかもしれません。でも集団芸としての日本ということを考えると、それでもいいのかもしれないと考えたりもします。


変化する自然というと、やはり2011年に起きた東日本大震災を思い起こします。震災以前と以降で変化はありましたか?

やはり震災は僕にとって大きかったです。物作りの点でいうと、震災以前はハレの場である原宿やニコニコ動画のテンションのようなものにインスパイアされ、良い意味で身体と離れた非現実を表現していました。震災以降は、区切られた世界を生きるゲームの主人公という主体的な目線が無くなり、みんなの繋がりの中の一つであるという意識と共に、日本固有の土地への興味、無常観、八百万神など、宗教的観念を強く抱くようになりました。


ご自身の強みはどのような部分にある思いますか?

僕の作る衣服は、どこか平面的な中にも着用することで立体的に展開する、そういった折り紙のような要素があるのかもしれません。折り紙は実際の動物やモノではありませんし、手裏剣や鶴のようにあくまで抽象的に特徴を捉えた造形です。衣服自体にも、そのような抽象的な造形の隙間に、人々が何か勝手に想像を込めているのかもしれません。きっとそこは僕が作るべきではない誰かのためのスペースなんです。衣服を着る際の隙間を用意してあげることは、デザインする上で意識しています。あくまで答えは用意しません。灰色を作っています。当たり前の話ですが、基本的に僕でなくても出来ることはやりたくないんです。まず、どこに対して自分が四番打者で居られるかを考え、東京や日本といった歴史を身体に通して来たことも踏まえて、僕の服を見てくれている人達との対話の中に普遍性のある核心を埋め込みたいです。現状、周辺の生活やリアルな感触を全て含めた上で継続の中で生まれたトライブのようなものを強みとして、ブランド表現を続けていきたいです。


BALMUNG 1

BALMUNG 2

BALMUNG 3

2017年春夏コレクションより。


BALMUNG.JP