CHRISTOPHER MAKOS

ヒーローの生き様をとらえる。
INTERVIEW TEXT NAOKI KOTAKA
20世紀におけるアート界のヒーローといえば、多くの人がアンディ・ウォーホルの名前を挙げるだろう。生前のウォーホルについて思い起こすとき、私たちはある一人の写真家の作品を抜きにして、語ることはできない。ウォーホルを以てして、「アメリカで最もモダンな写真家」と評された人物、クリストファー・マコス。ウォーホルと、公私ともに交流を持ち、80~90年代におけるニューヨーク・アートシーンの様子を、ありありと写真に収めてきた時代の生き証人。そんな彼が今号のファッションストーリー撮影をニューヨークで行った。ジャン=ミシェル・バスキア、キース・ヘリング、ジョン・レノン、デボラ・ハリー、グレイス・ジョーンズなど、あらゆる“ヒーロー”たちとレンズ越しに対峙してきた彼に、当時のニューヨークの様子から、現代におけるヒーローの定義まで話を聞いた。

「私が20歳のときにニューヨークを初めて訪れたときは、現代のそれとは異なっていて、とても広々としてオープンな印象を受けました。私はメランコリックでも、過去を美化する類いの人間でもないけれど、過去と現代の関係性については、常に意識的でいたいのです。当時は写真のほかに、電子音楽や油絵などを制作していました。ただし、それらのミディアムは、一つの作品を完成させるまでにとても時間がかかる(笑)。写真が素晴らしいのは、その即時性と新しい出会いをもたらしてくれるという点にあると思うのです。ウォーホルのファクトリーで働いていた私は、そこでジョン・レノンやライザ・ミネリをはじめとするたくさんの刺激的な人物に出会いました。35年前から現在に至るまで、私はウェスト・ヴィレッジにずっと住んでいるのですが、当時は近所に住んでいて、仲の良かったカルバン・クラインと行きつけのイタリアンレストランで食事をしていると、パパラッチに写真を撮られたものです。おかしいですよね? 私たちは俳優でもなければ、ウェスト・ヴィレッジはハリウッドではなく、私たちにとってはただの生活の場に過ぎなかったのですから。私は友人たちに『ニューヨークとは20ほどの小さな“ヴィレッジ”の集合体だ』とよく言います。アップタウン、ウェストサイド、アッパーイースト、ローワーイースト、ソーホー、チェルシー、ヘルズ・キッチンなど、ヴィレッジ毎の小さなコミュニティが存在しており、その住人たちは何年経ってもそれらの場所を去ろうとしないのです」。

現代に生きる私たちからすると、歴史上の伝説的人物としか、その存在を捉えることができないマコスの被写体たち。そんな被写体の内、彼にとって最も印象深い人物とは一体誰だったのか? 「今でも鮮明に覚えているのは、女優のエリザベス・テーラーとの撮影です。彼女は10代の始めからハリウッドで活躍をしていて、ウォーホルのポートレイト作品のモデルでもありました。『FORBES』誌の元発行人であったマルコム・フォーブスが、彼のバースデーパーティで彼女を紹介してくれたのです。フォーブスはフランス・ノルマンディーにある彼の別荘でバースデーパーティを毎年開き、コンコルドのチャーター便を飛ばして、世界中から友人たちを招いては、派手に遊んでいました。彼は私に『バースデーパーティに訪れる友人たちのポートレイト写真を撮ってくれないか?』と尋ねてきたのです。いざ撮影となると、流石の私も世紀の大女優を前にして緊張しましたが、彼女がこれまでに結婚した人たちの多くは、決まって力強く男性的な人物であったので、私もそんな男性像を演じながら、独断的な映画監督のように彼女に指示を出したのです。すると、テーラーは素直な子犬のように何でも言うことを聞いてくれたのです。ピンクのドレスと花の髪飾りを付けた彼女の姿は、生涯忘れられないほど美しかったことを今でも鮮明に覚えています」。

マコスにとって撮影を通して被写体とともに過ごす時間とは、心理療法的なプロセスであると彼は語る。「以前、撮影中に『私がどう見える?』と聞かれたことがあります。撮影するということは、私の被写体への印象が、本人の目の前で明らかになってしまうということなのですから。撮影では可能な限り被写体の本質的な部分をとらえたいと、常に葛藤しています。私の撮影はとてもシンプルで、カメラ、そして照明を一つだけを使います。『自分の光』を見つけるように被写体に伝え、会話をしながら、周囲の撮影環境から注意を遠ざけ、私と被写体だけの親密な距離感を作り出します。例えば、女優のマギー・Qを撮影したときは、この距離感を作り出すのはとても簡単でした。彼女はモデルの経験があったので、『今日はこの写真家のためにこんなポーズを決める』というようなやり方を完璧に理解していたのです。一方、ファッションデザイナーに転身するまで、幼い頃から女優一筋で活動してきたエリザベス・オルセンを撮影したときは、彼女に撮影の“脚本”を渡す必要がありました。俳優や女優にとって、脚本なしに自らを定義するというのは一苦労なのです。演じることが彼らの“ありのまま”なのですから。そして、私にとっても、撮影とは被写体との対話の中で自分自身を探ろうとする特別な時間なのです。心理療法士が患者との対話の中で、逆説的に自らの本質に触れるように。例えば、「ローズ・セラヴィ」という、30年代にマルセル・デュシャンとマン・レイが共同制作した作品へのオマージュで、私とウォーホルが共同で作った「オルター・イメージス」というポートレイトシリーズがあります。この作品で私たちが目指していたのは、人間に本来備わっているマスキュリンな側面とフェミニンな側面の両方、そして、そのどちらとも定義できない側面、つまりは被写体であるウォーホルの本質、つまりは“ありのまま”を写真に収めることでした。同時に“ありのまま”を写真に収めるとは、撮影の過程で被写体の印象が、時に男性的に、また時には女性的に振れる、つまりは変容する過程を収めることでもあったのです」。

友人として、コラボレーターとして、ウォーホルと多くの時間を過ごしたマコス。メディアでは語られないウォーホルの素顔とは? 彼は一体どのような人物だったのだろうか? 「彼とは当時『Interview』の編集者をしていたボブ・コラセロを通して知り合いました。ウォーホルの話になると、誰もが豪華で破天荒なライフスタイルを想像しますが、実際はいたってシンプルな生活を送っていましたね。カトリック信仰の家系に育ち、幼い頃に父親を亡くし、母によって育てられた彼は、若い頃からアートを仕事として捉え、強い使命感を持って制作に向き合っていました。映画、絵画、雑誌など、様々な作品を手掛けていましたが、その制作資金を賄うためにとてもよく働いていました。彼の友人のロバート・ラウシェンバーグやロイ・リキテンスタインの作品には、購入希望者がいつも順番待ちをしており、ウォーホルはそれを羨ましがっていましたね。当時、彼らの作品は1枚あたり2万5千ドルが相場でしたが、ウォーホルが同額を得るには3~4枚の作品を売らなければいけなかったんです。今となっては考えられないことですが(笑)」。

アーティストとして成功の真っ只中にあったウォーホルは、1987年2月22日、心臓発作により58歳でこの世を去った。「私は休暇先のフロリダで彼の死について知らされました。彼とは毎日のように電話で話しをしていたから、その番号にかけても、もう誰も応える人がいないと考えると、変な気分でした。アンディが家にいないときは、大抵ブルーミングデールズで買い物をしていたので、友人たちと『きっと買い物に行ってるんだよ』と冗談を言っては、慰め合いました。ジョン・レノンやジョン・F・ケネディが亡くなったときのように、彼の死を境に、ニューヨークの街全体が、その空気感が全く変わったように感じられました。フロリダからニューヨークに戻った私にとって、空っぽになった“慣れ親しんだ我が家”を目の前にして、彼の死を実際のこととして理解するためにはかなりの時間がかかりましたね。クリストフ・フォン・ハルテンベルクという写真家が彼の葬儀を撮影した『The Day the Factory Die』という写真集に、その日の様子が収められています。ファクトリーに出入りしていた全く同じ面々が葬儀に参列している姿を見ると、改めて一つの時代が終わったのだと実感しました」。

文化の礎を築いた歴史の偉人たちを、そして彼らの生き様を写真に収めてきたマコスにとって、現代のヒーローとは一体どのような存在なのか? 「私にとってのヒーローとは、これからの未来を創造する原動力となる若者たちの存在です。今回、ニコラ(・フォルミケッティ)と一緒に撮影した若いモデルの子たちは、私にとってはアンディ・ウォーホルやジョン・レノンと同じようにヒーローでした。彼らは自由な精神を持っていて、撮影の一瞬一瞬を全身全霊で楽しんでいました。なぜなら撮影は彼らがヒーローになれる時間で、彼らはその特別な瞬間の価値を理解していたのです。例えば、ニコラが男性モデルにピンクのドレスをスタイリングしても、彼は自分のフェミニンな内面を社会的な価値観に縛られることなく、何の恐れもなくさらけ出すことができる。そして、私たちにそのドレスを『美しい』と思わせてくれるマジックをかけました。ヒーローになるということは、自由であることと同義だと思うのです。同時に、親や友人を助け、互いへの思いやりを持つといった、当たり前の行いができる人物のことだと思います。最近知ったことですが、統計によると00年代においては、世界の人口の3人に1人はナルシストのようです。80年代は10人に1人だったのに。良くない兆候ですよね? 本号を通して思いやりを持ち、互いを助け合うことの大切さに気付いてくれれば素晴らしいと思います。私たちの居場所はこの地球しかないのですから。火星で水が発見されたのは素晴らしいニュースですが、私たちがそのプランに移行する準備は、まだできてないと思うのです(笑)」。

マコスによる最新写真集が、Glitterati Incorporatedより出版。

1973年から現在に至る40年以上のキャリアの中で、マコスが撮影した膨大な写真のアーカイヴより選ばれた、モノクロ写真だけで構成された一冊。『Everthing』と題されたタイトルの通り、ポートレイト、ランドスケープ、スナップ、スタジオ、ヌードなど、マコスのスタイルの総集編であり、同時にニューヨーク、パームスプリングス、マヨルカ、アスコット、モスクワ、ギーザなど、撮影で訪れた多種多様な場所を記す地理的ログのような、彼の写真家としての足跡を辿ることができる集大成的内容となっている。

Christopher Makos『Everything: Black and White Monograph by Christopher Makos』
編集:Peter Wise
判型:ハードカバー、352 ページ、229 mm x 304 mm
出版:Glitterati Incorporated
価格:$85.00
ISBN:978-0-9913419-4-8


CHRISTOPHER MAKOS 1

Christopher Makos, Andy Warhol Kissing John Lennon, 1978–2001


CHRISTOPHER MAKOS 2

Christopher Makos, David Bowie and Ava Cherry. From “White Trash Uncut” by Christopher Makos, © 2014, published by Glitterati Incorporated


CHRISTOPHER MAKOS 3

Christopher Makos, Iggy Pop. From “White Trash Uncut” by Christopher Makos, © 2014, published by Glitterati Incorporated


CHRISTOPHER MAKOS 4

Christopher Makos, Debbie Harry. From “White Trash Uncut” by Christopher Makos, © 2014, published by Glitterati Incorporated


CHRISTOPHER MAKOS 5

Christopher Makos, David Croland and Grace Jones. From “White Trash Uncut” by Christopher Makos, © 2014, published by Glitterati Incorporated


CHRISTOPHER MAKOS 6

Christopher Makos, Divine. From “White Trash Uncut” by Christopher Makos, © 2014, published by Glitterati Incorporated


CHRISTOPHER MAKOS 7

From Everything: The Black and White Monograph by Christopher Makos, © 2014, published by Glitterati Incorporated


CHRISTOPHER MAKOS 8

From Everything: The Black and White Monograph by Christopher Makos, © 2014, published by Glitterati Incorporated


CHRISTOPHER MAKOS 9

From Everything: The Black and White Monograph by Christopher Makos, © 2014, published by Glitterati Incorporated