OSCAR MURILLO

生きるという、無限の振れ幅。
INTERVIEW TEXT NAOKI KOTAKA
今年2月、ロンドンのオークションハウス、クリスティーズで若き28歳のコロンビア人アーティスト、オスカー・ムリーロの作品が30万ドル(3,600万円相当)を超える金額で落札された。埃かぶったペインティングの表面には、フリーハンドで幾つもの円の軌跡が描かれ、作品の上半分に蛍光黄色の油彩で一言「Burrito」と記された抽象画だ。米国人の著名コレクター、ルベル夫妻に見出され、「バスキアの再来」と評されたムリーロは、ほんの2年前まで、ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートに通うための学費を賄うために、そして妻と生まれたばかりの娘を養うために、学業の傍ら、毎朝5時に起床してはオフィスビルの清掃員として働いていた。現在では、世界で最も影響あると評される、デイビッド・ズワーナー・ギャラリー所属のアーティストとなり、世界各国の美術館やアートフェア、アーティスト・イン・レジデンシーから引っ張りだこである。しかし、この若きアート界のニューヒーローの真の価値とは、アートマーケットの過剰反応やメディアのハイプではなく、作品を通して語られる、彼自身の自叙伝の“振れ幅”の大きさにどうやらあるようだ。

ムリーロは、コロンビア西部のラ・パイラという人里離れた集落に生まれ、10歳のときに家族とともにロンドンに移住する。「私にとってのアートとは、自分という存在を客観的な視点から捉え、自叙伝を書くような行為でした。慣れ親しんだ環境から分断され、言語や文化の異なる全く新しい環境の中に突如放り出された私は、一から自分探しをする必要がありました。自分探しをするにあたって、私が初めに考えたのは、これまでの人生で最も感覚的で、印象的で、感動的な、幼少の記憶とは何かという問いでした。そこで浮かび上がってきたのは、幼少期に家族や友人と一緒に過ごした時間に関する記憶でした。それらのほとんどは、誰かの誕生日や結婚式、その他の祝い事といった、集うための目的があったものです。ロンドンに移住後も、私の家族が属していたコロンビア人のコミュニティでは、母国での生活習慣や行事などを可能な限りオリジナルに近い形で再現していました。自分たちが慣れ親しんだ生活を絶やせないことで、見知らぬ土地でも自分たちの存在意義を見出そうとしていたのだと思います。それからアートスクールに通うようになり、コンテンポラリーアートの多義性と、様々な表現の在り方を知っていくと、私のコミュニティで行っていた“再現”というイベントやパフォーマンスに似た行為が、個人的な感覚や体験を伝えるのに非常にパワフルな手段だとわかったのです」。2014年にニューヨークで開催された展覧会『A Mercantile Novel』(2014年/デイビッド・ズワーナー)において、ムリーロは家族が四代に渡り勤めた、「Colombina」というコロンビアの大手製菓会社が運営するチョコレート工場を、マンハッタンのギャラリースペースにそっくりそのまま再現した。展覧会を口実に、ムリーロは親戚や友人たちをニューヨークに呼び寄せ、展覧会の会期中、ギャラリースペースに設置された生産ラインで彼らに実際にチョコレートを作ってもらうというパフォーマンスを行った。「自分という存在を理解するために、両親がどこで生まれ、どのような人生を過ごし、彼らの存在がなぜ自分にとって、また世界にとって重要であるかを、展覧会という枠組みの中で示す必要があったのです。私の家族と社会とをつなぐ接点になっていたチョコレート工場の存在を掘り下げることで、自分という存在を社会的な関係性の中で理解しようとしたのです」。ムリーロはこの展覧会を通して、血縁、人種、階級などの自分を取り巻く様々な社会的観点から、自分とそれらの相互関係を浮き上がらせてみせた。

ムリーロにとってのアートとは、自分の文脈と社会の文脈、その二つの振れ幅の間で、自分という存在に意味を見出していく行為だという。「今年10月にロンドンのデイビッド・ズワーナーで開催する個展のタイトルに『Binary Function(二つの機能)』という言葉を使いました。『バイナリ(Binary)』とは二つの異なるインプットに対して一つのアウトプットが出てくるという考え方です。私にとってのバイナリとは、片方のインプットでは、スタジオでペインティングを作るという即時的な制作活動があり、それはスタジオ内で私一人で完結できる行為です。もう片方のインプットでは、『A Mercantile Novel』ようなプロジェクトがあり、それは一種のインデックスのような役割を果たしていて、私と社会とのあらゆる関係性を洗い出すような、私と人との関わりの中から生まれくる制作活動です」。作品の中に存在する二つの異なる振れ幅は、ムリーロをあらゆる可能性を秘めた変容し続ける存在として、完成型を決めることなく、自分という存在の意味を探求し続けることを可能にする。

2012年にムリーロが発足した「Frequencies」というプロジェクトとは、正に変容し続ける存在として自分探しの真っ直中にある10代の子供たちと共同で行ったものだった。「『Frequencies』のプロジェクトでは、世界中の学校や教育機関を対象に、10歳から16歳の子供たちの学習机にキャンバスを設置しました。キャンバスは一年間、子供たちの学校生活の一部として教室に留まり、子供たちは思い思いにキャンバスと触れ合います。絵の描き方を手取り足取り教えたり、プロジェクトをどう捉えるべきであるとか、子供たちに何か特定の結果を要求したりすることはしません。彼ら個人個人がやりたいような仕方で、このプロジェクトにコラボレートしてくれることが重要なのです。このプロジェクトにとっては、彼らが毎日向き合う学習机の上にキャンバスが置かれているだけで十分なのです。キャンバスに興味を持つか、何かを描こうと思うか、もしくは何も起こらなかったとしても、彼らがキャンバスとともに時間を過ごすこと自体がすでにコラボレーションなのですから。時間の経過とともに、キャンバスは子供たちの意識からその存在を消し、“無言の”レコーディングデバイスとして、彼らの自由な創造のプロセスを記録してくれました。現在までに世界50以上の国々から5,000人以上の生徒たちがプロジェクトに参加し、私のスタジオには毎日のように個性豊かなキャンバスが届きます」。

10代の子供というのは、自らの本能を頼りに自由に思考し、生きることについて多くの興味と関心を持ちながら“自分探し”の真っ直中を生きている。絵を描くことを一つとっても、完成した絵がどのように評価されるかという“目的”よりも、描くという“行為”そのものを楽しむことができる。子供たちは、目的を持たない、無意味な行為を楽しむという、大人になった私たちが失った、最後の一握りの自由を体現した存在なのだとムリーロは説明する。「『Frequencies』を通して、アートはシンプルかつ本能的に生み出すことができるということを、プロジェクトに参加してくれた子供たちと、この作品に触れるすべての人に伝えたいと思っています。アートとは難解で複雑な存在ではなく、子供たちの絵のように、単純で親しみやすい存在であってほしいのです」。ムリーロの「子供たちの絵のように……」という願いは、彼がアートを通して探し続ける理想の人間像へのヒントに他ならない。

孤高のアウトサイダーアーティスト、ヘンリー・ダーガーは自伝『我が人生の歴史』の中でこんな言葉を残している。「信じられるかい? 私は多くの子供たちと違い、大人になる日のことを考えるのが嫌で仕方がなかった。私は大人になりたくなかった。いつまでも子供のままでいたかった」。誰に見せることなく半世紀以上に渡り作品を作り続けたダーガーにとっては、あらゆる目的や評価よりも、描くという行為を続けることにこそ価値があったのだ。「Frequencies」のプロジェクトに寄せられた、手で擦れて茶色く風化したキャンバスの上に、何十にも重ねられた色とりどりの線や文字の、とりとめのない集合を眺めていると、自分探しの過程にある子供たちのように、生きるということはあらゆる可能性を秘めていて、常に未完成であるように思えてくる。ムリーロは作品を通して私たちにこう語り掛ける。誰もが未だに自分探しを続けている“子供”の内の一人で、生きるとは自分が何者なのかを問い続ける終わりなき探求であると。


OSCAR MURILLO 1

INSTALLATION VIEW OF THE 2013 SOLO EXHIBITION
IF I WAS TO DRAW A LINE, THIS JOURNEY STARTED APPROXIMATELY 400 KM NORTH OF THE EQUATOR, AT SOUTH LONDON GALLERY, LONDON
COURTESY SOUTH LONDON GALLERY, LONDON
PHOTO BY MARK BLOWER


OSCAR MURILLO 2

INSTALLATION VIEW OF CALIBRATING TIME OR SPACE FOR A GESTURE, 2013
POSTERS, OIL PAINT AND OIL STICK, BRASS BELL, STEEL FIXING, POPPER, TWINE, TAPE, AND PLASTIC 94 1/2 X 39 3/4 INCHES (240 X 101 CM)

PART OF THE 2013 SOLO EXHIBITION
IF I WAS TO DRAW A LINE, THIS JOURNEY STARTED APPROXIMATELY 400 KM NORTH OF THE EQUATOR, AT SOUTH LONDON GALLERY, LONDON
COURTESY OF SOUTH LONDON GALLERY, LONDON
PHOTO BY MARK BLOWER


OSCAR MURILLO 3

SIGNALLING DEVICES IN NOW BASTARD TERRITORY, 2015
TWENTY (20) FLAGS. EACH: OIL, OIL STICK, THREAD, AND DIRT ON CANVAS
EACH, FLAT: 315 X 196 7/8 INCHES (800 X 500 CM)
EACH, HUNG: 358 1/4 X 59 1/8 X 59 1/8 INCHES (910 X 150 X 150 CM)
COURTESY OF DAVID ZWIRNER, NEW YORK/LONDON


OSCAR MURILLO 4

FREQUENCIES 2013 - ONWARDS
COURTESY OF THE ARTIST


OSCAR MURILLO 5

FREQUENCIES 2013 - ONWARDS
COURTESY OF THE ARTIST


OSCAR MURILLO 6

FREQUENCIES 2013 - ONWARDS
COURTESY OF THE ARTIST


OSCAR MURILLO 7

FREQUENCIES 2013 - ONWARDS
COURTESY OF THE ARTIST


OSCAR MURILLO 8

FREQUENCIES (AN ARCHIVE, YET POSSIBILITIES), 2013 – ONGOING
TEN (10) TABLES: COPPER, SPRUCE PLYWOOD, STAINLESS STEEL, AND SCREEN PRINT.
TEN (10) TRAYS: STAINLESS STEEL, DULL STEEL, MIRROR STEEL, MILD STEEL, GALVANIZED STEEL, AND WHEELS.
EIGHTEEN (18) “FREQUENCIES” CANVASES (NUMBER INCREASING THROUGHOUT EXHIBITION): DIRT, DEBRIS, WATER-BASED PAINT, BEADS, TIPPEX, CHEWING GUM, BIRO INK, FELT-TIP PEN, HIGHLIGHTER PEN, PERMANENT MARKER, FOUNTAIN PEN, GRAPHITE, GRASS, NATURAL PIGMENTS, STAPLES, MASKING TAPE, STICKERS, GLUE, PAPER, CRAYON, AND SOIL ON CANVAS.
TABLES, EACH: 29 1/2 X 78 3/4 X 4 INCHES (75 X 200 X 10 CM)
TRAYS, EACH: 23 5/8 X 47 1/4 X 29 1/2 INCHES (60 X 120 X 75 CM)
CANVASES: DIMENSIONS VARIABLE
COURTESY OF DAVID ZWIRNER, NEW YORK/LONDON


OSCAR MURILLO 9

INSTALLATION VIEW OF OSCAR MURILLO’S 2014 SOLO SHOW
A MERCANTILE NOVEL, AT DAVID ZWIRNER, NEW YORK
PHOTO BY SCOTT RUDD


OSCAR MURILLO 10

INSTALLATION VIEW OF OSCAR MURILLO’S 2014 SOLO SHOW
A MERCANTILE NOVEL, AT DAVID ZWIRNER, NEW YORK
PHOTO BY SCOTT RUDD


OSCAR MURILLO 11

INSTALLATION VIEW OF OSCAR MURILLO’S 2014 SOLO SHOW
A MERCANTILE NOVEL, AT DAVID ZWIRNER, NEW YORK
PHOTO BY SCOTT RUDD