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アルゴリズムによるネットワーク型の建築をめざして。/柄沢祐輔
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今日における建築の新しさとは何か。その新しさは何処にあるのだろうか。私は「アルゴリズムの方法論によるネットワーク的な建築」に新しさの源泉が潜んでいると考えている。それはコンピュータによってデザインを把握・制御し、建築の空間と構造、壁や屋根等の要素を全て「ネットワーク」と捉え、ゼロから組み立て、あるいは編み変えること。そして建物や都市そのもの自体も「ネットワーク」として把握し、その在り方を編み変えてゆく建築のことである。

アルゴリズムの方法論とは何か。広い意味ではコンピュータを利用した建築のデザインのことである。今日ではコンピュータによって建築がデザインされることは珍しいことではなく、実際に世界的に活躍する建築界の巨匠のデザインを眺めれば、コンピュータの利用は彼らのデザインを実現するにあたってもはや不可欠なものであり、現代建築の表現はすべからくその情報技術によって下支えされていると言っていいだろう。

このコンピュータによって建築を生み出す行為は、技術的な部分のみでなく建築の設計という行為自体に根本的な変化をもたらしている。この変化の本質に意識を向けないのであれば、建築の表現や設計行為は逆にコンピュータというツールに振り回され、単に奇抜な形態や多少の変化を持つファサードの生成に終始することだろう。私が見るところによれば、その今起きつつある本質的な変化に意識的な建築の実践は、残念ながら世界的にもまだ極めて少数に留まっている。

コンピュータというツールを用いた建築の設計という行為に潜む変化の本質は何か。それを一言でいうならば「粗い離散系」から「細かい離散系」へ移行する変化と述べておく。

「離散系」とは世界の事象を数によって1、2、3……等と数えて把握することを指している。本来的には分割できない連続的な世界を、ばらばらに数えられる要素と単位によって区切り、分化して把握し、コントロールする方法論のことである。

かつて行われていた紙とペンによるアナログな方法による設計では、実際の所、人は粗い解像度(=粗い離散系)でしか空間をそして世界を把握し扱うことはできていなかった。この世界観は建築の設計では特に顕著に現われてきた。

古代ギリシャのパルテノン神殿、ルネサンス期の建築、そして近代のル・コルビュジエの建築に至るまで、基本的にそれらの建築は全て「1:1:1」の整数比に基づいた、直交座標(デカルト・グリッド)を用いて設計されている。これらの建築の設計では、まずデカルト・グリッドのマス目が補助線として図面に引かれ、その上に壁や柱、屋根等の要素が置かれる。これにより生まれる空間は表面的にどれだけ複雑な装飾が施されていようが、本質的にはグリッドをそのまま表現したような四角い空間の連なりからできてしまう。この「粗い離散系」に基づく世界の把握方法は紀元前5世紀からおよそ二千年間に渡って続いてきていたのだ。

しかし、コンピュータの誕生以降、我々は粗い離散系の限界を超え、圧倒的に細かい解像度で世界を把握しコントロールできるようになった。その例として気象学者のエドワード・ローレンツの研究を挙げたいと思う。彼は1960年、今日カオス系として知られる複雑な気流の運動をローレンツ・アトラクターというモデルによって記述することに成功した。彼を発端に複雑系の科学といわれる領域ではフラクタル、カオスの縁、自己組織化等、自然界に潜む様々な論理を鮮やかな数理モデルとして取り出すことに成功したが、これらは全てコンピュータによる情報処理技術の劇的な進展(低コスト化と高速化)が一端を担っている。コンピュータの力を借りることで、我々はより細かい解像度で世界を離散的に把握し、記述し、コントロールすることが可能なったのだ。

建築の世界でも、この「細かい離散系」の世界観により、方法論は根底から変化を遂げてきた。かつてのアナログな方法論では不可能だった複雑かつ多様な形態と空間の生成が、情報技術を用いた設計によって可能になっている。その極限的な事例が、フランク・ゲーリーの建築だろう。彼はCATIAという航空宇宙の世界で用いられるCADを独自に建築用にカスタマイゼーションし、複雑な曲面を持つ建築物でも一定の予算で実現可能にするシステムを構築した。かつて「アンビルドの女王」と呼ばれたザハ・ハディドは、その技術を利用することで、紙とペンではアンビルドな、想像上のプランでしか無かった建築のアイディアを次々と大規模なスケールで実現させてきた。

このように建築の世界はコンピュータという情報処理の技術の登場によって、激しい変化を経験しつつある状況だが、私自身はコンピュータの利用によって生まれた「細かい離散系」という概念を更に追求して行くことで、コンピュータで作られたモノという枠組みを超え、いずれとも異なった全く新しい建築の創作領域に到達すると考えている。それは月並みな言葉、そしてこれは月並み過ぎて誰もが思いつかない盲点になっていると思うが、「ネットワーク」という概念なのではないかと私は考えている。

認識の解像度が細かくなり、世界の実相がより正確に把握されるようになった時、我々には世界のあらゆる事物が「細かい離散系が織り成すネットワーク」であることに気が付かざるを得ないのではないか。細かい解像度で身の周りの世界を眺めれば、そこにあるのは建築やモノといった物質的な存在というよりはむしろ、様々なものが細かいレベルで複雑で精妙に絡み合う「ネットワーク」そのものではないかと思うのである。私自身はこのネットワークとしての建築という視点からの設計を、2011年から数年の間に渡って続け、2年後の2013年の秋にようやく大宮の住宅地の中に「S-HOUSE」という初めてのネットワーク的な建築を完成させることができた。その後は今も、これまで誰も体験したことのない、複雑に空間と構造と動線が編み込まれたネットワーク型の建築を目指している。

さて、また科学の話に戻るが、奇しくもダンカン・ワッツとスティーヴン・ストロガッツという二人の研究者は、生体の細胞、そしてインターネットを含め、社会に存在するあらゆるネットワークまで、「スモールワールド・ネットワーク」と呼ばれる普遍的なネットワーク構造を持つことを発見した。1990年代に発見されたこのネットワーク構造は、「短い距離」と「長い距離」という本来なら矛盾する距離の関係が、「クラスター性」と「ショートカット性」という要素によって共存し、独自に距離の関係の均衡が取れたネットワークを成すことを示した。その関係はアルファ・パラメータという変数によって、複雑かつ精妙な、多様性と秩序が独自にバランスの取れた領域に収束して存在することを示している。

このスモールワールド・ネットワークの構造は、自然界を問わず社会や情報空間においても至る所に発見される。私たちが世界を「細かい離散系」として把握することができるようになった時、そこで見付かる世界を構成する要素のいずれもが、かつての
「粗い離散系」の時代では我々が把握・想像も出来なかった明確な秩序に基づく、それでいて多様性にも溢れるネットワーク構造を成していることが、ようやく明らかになりつつあるのだ。

フランク・ゲーリーもザハ・ハディドも、自由曲面の精妙なコントロールこそすれ「ネットワーク」としての建築空間は実現してこなかった。他の様々なコンピュータを駆使して設計を行う建築家も、「ネットワーク」という当たり前の概念には触れず、「ネットワーク」としての建築はまだ実現してきていない。

今後の「細かな離散系」が隅々まで浸透した社会では、ファッションを含めあらゆる分野において、建築の世界で起きているような大きな変化がデザインの方法論において起きるだろう。そして社会全体も、近代までの「粗い離散系」の時代の技術によって成り立つ社会から、「細かい離散系」によって成り立つ社会に移行するに従い、ドラスティックな変化を遂げることだろう。

情報技術により「細かい離散系」へと変化を遂げるこの世界で、「アルゴリズムによるネットワーク的な建築」という新しい建築の在り方が、新たな希望を携えた建築の空間となることを願いながら、今後も様々な形で世の中に提示したいと考えている。


柄沢祐輔
1976年東京都生まれ。文化庁派遣芸術家在外研修制度にてオランダのMVRDVに在籍、坂茂建築設計を経て、2006年に柄沢祐輔建築設計事務所設立。『10+1』48号「アルゴリズム的思考と建築」特集(2007年/INAX出版)では責任編集者として編集を行なった。

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