SEAN BAKER

小さなレンズの向こう側。
ISSUE 3
INTERVIEW TEXT YUSUKE KOISHI
2月、映画のプロデュースをしている友人から、ショーン・ベイカーの『SNOWBIRD』というショートフィルムが面白いから是非見て欲しいというメッセージが届き、その強烈な推薦に半ば押されて確認することにした。アビー・リー・カーショウを主演に、KENZOの為に撮影されたこのフィルムは、ジム・ジャームッシュの『コーヒー&シガレッツ』を彷彿とさせるシュールな対話をベースにしていて、ファッションフィルムにありがちな意図的に作ったヴィジュアルの羅列というお決まりのフレームから一歩距離を置いた、正直少し変わった映像だった。後になって、この映像はIPHONEのカメラで監督のショーン自身が撮影したものだと知った。

ショーン・ベイカーという名前は何となく覚えていた。2012年の映画『STARLET』がきっかけだ。ショートフィルムを勧めてきた友人がその映画をプロデュースした張本人というのも理由だが、おそらく大多数の人と同様、大作家アーネスト・ヘミングウェイの孫であり、CHANELやGIVENCHY等でモデルとして活躍しているドリー・ヘミングウェイが主演した映画ということが一番記憶に残っていた。

ショートフィルムを観た後、彼のことが気になって2015年に撮影された最新の長編作品『TANGERINE』をすぐに観ることに決めた。この作品もIPHONEで全編が撮影されている。低予算で、かつ治安の決して良くない地域でコンパクトに、そしてリアルでさり気ない自然なシーンを撮影するために彼が考え出したアイディアだったが、結果として数々のフィルムアワードの受賞やノミネートを獲得することになる。

映画は一言でいうとショッキングな内容だ。ロサンゼルスの治安の悪い地域、夜一人で歩くことはどう考えても遠慮したいようなストリートで毎日客を待つ、黒人のセックスワーカー達のクリスマス・イヴの一日が舞台だ。主人公達は男性から女性へと性転換をしたトランスジェンダー。劇中では、いつも映画やドラマで観るような綺麗でエネルギーに溢れる“アメリカ”は微塵も出てこない。セピア色に乾いたカリフォルニアの風景の中で、普段は口にするのを避けている人種差別、セクシャルマイノリティ、移民や貧困地区に住む人達の社会問題を、悲劇を通り越してもはや喜劇にしか見えないようなリアルなタッチで描き出している。「こんなに酷いクリスマス・イヴは中々無いよね。でもこれが実際に有り得るのが今生きている現実なんだ」と彼は言う。

映画を観終えた後、トルストイの書いた『アンナ・カレーニナ』の冒頭を思い出した。「幸福な家庭はすべてよく似たものであるが、不幸な家庭は皆それぞれに不幸である」という言葉。トルストイが見て描いた19世紀のロシアの「今」も、ショーン・ベイカーがスマートフォンで撮影した我々の時代における「今」にも、「新しさ」という何か我々を魅了するものが深い井戸の底に潜んでいるのを感じる。技術の発展と共に誰もが映像を撮影できるようになった。しかし、結局はそこで何を感じ、見て、何を使って、創り出すか。それは今も昔も普遍的に変わらないのだ。


子供の頃どのように過ごしていましたか。
マンハッタンのすぐ近く、ニュージャージー州のサミットに生まれたんだ。父の職場のあるニューヨークにはよく連れて行ってもらったよ。両親が姉の方にかなり教育熱心だったんだ。その様子を見ているうち、僕自身は芸術の分野で何か仕事をしたいと思うようになった。両親もそれに賛成してくれたよ。

映画に関心を持ったのはいつ頃ですか? きっかけがあったら教えて下さい。お気に入りの映画も。
6歳の時、母が近所の図書館に連れて行ってくれたんだ。その図書館では有名なモンスターホラーの映画がよく上映されていて、そこで観たジェイムズ・ホエールの『フランケンシュタイン』の中で、風車小屋が焼け落ちる一連のシーンを観て映画監督になりたいと思ったんだ。焼け落ちていく風車小屋の中から、モンスター役のカーロフが外を見つめるその視線を今でも覚えてるよ。

映画でしか表現できない、他のものには変えられないものは何だと思いますか?
芸術の様式として好きな理由は、演技、写真、音楽、色々な要素が一つにならないといけないところかな。全部が上手く組み上がった時、その時にようやく初めて観客に向けて話し掛け始める不思議なパズルみたいなものだと思う。

好きなアーティストはいますか?
映画監督だけど、オーストリアのウルリヒ・ザイドル。それとスウェーデンのリューベン・オストルンドは結構好きだよ。

最新の作品『TANGERINE』はIPHONEで撮影されていますが、きっかけは何だったのでしょう? 35MMのカメラとはやはり違うものなのでしょうか?
正直な所、予算の制約があったからIPHONEの撮影を始めたんだ。でも、僕が撮りたいようなスタイルの映画を撮影するには丁度いいなと思っていた所だった。社会のリアルな側面を隠し撮りするスタイルで、素人とか、初めて映画に出演する経験の浅いキャストを、ベテランの俳優と一緒に混ぜて撮影するような場合は特にね。普段から見慣れているIPHONEで撮影するというスタイルだったお陰で、カメラを目の前にした時に感じるような緊張が和らいで、出演者全員が自信を持って演技できる環境が上手く作り出せたと思う。他のカメラでは撮影できなかったようなさり気ない瞬間が巧く撮影出来たよ。撮影してみて分かったことだけれど、IPHONEで撮影するのはびっくりする程手軽だった。MOONDOG LABSが作っているアナモルフィックレンズのアダプターがぴったりIPHONEにはまって、それを使うと十分に幅広のアスペクト比で映像が撮影出来たね。それとFILMIC PROというアプリを使うと露出と焦点を固定出来て、そしてこれが一番重要なんだけど、1秒間24フレームの映像がしっかり撮影できるんだ。

こういったものを全て使って、まずテストシューティングをして、映像を資金提供者に見せに行ったんだ。映像がどんな感じになったか、テクニカラーでフルスクリーンに映して観たんだけど、解像度は大丈夫そうだったし、見え方がとてもユニークで斬新だった。他のインディーズの映画とも全く違う感じになっていてね。それでこのやり方で全編いけると思ったんだ。

ニューヨークを出て、今はロサンゼルスで活動している理由は何故でしょうか?
移住してからそれほど長くはないんけど、4年経ってみて、この場所がとても気に入ったんだ。LAに最初に来た時、映画やTVを通して見ていた以上のものがここにはあるんだなと感じたよ。映画はこの街を、ビバリーヒルズとかハリウッドのサイン、ヴェニスビーチやウォーク・オブ・フェイムといったもので象徴的に紹介してきたけど、ここにはもっと色々なものが本当はある。沢山のコミュニティ、近所付き合い、サブカルチャーとか、今まで自分が気に留めていなかったものが沢山。本当に今まで知らなかったのが勿体無かったと思うくらい。『TANGERINE』を撮影する時は、本当に全部現地で撮影したよ……。いや、実は一箇所だけズルをしているんだけどね……。どこかは内緒にしておくよ!

『TANGERINE』の話が出ましたが、この映画には凄く沢山のテーマが盛り込まれています。ジェンダーとセクシャリティ、人種差別、移民社会の問題。何故こんなに沢山の難しいテーマを一つの映画に盛り込んだのでしょう? 舞台はしかもクリスマス・イヴですね。
アレキサンドラ役を演じたミア・テイラーが、性転換をしたセックスワーカーが普段過ごしている残酷な現実をばっちり捉えて欲しいと言ってきたんだ。観るのが辛かったり、扱うのが政治的に難しい問題がそこにあっても、躊躇なくやってくれってね。その上で、映画を面白おかしくして欲しいと。ストリートの女の子達が他の子達とふざけあう時に使うような、生きたユーモアを映画の中で捉えてくれないかって。聞いた時は正直ぶったまげたという感じだね。そんな感じで撮影しても作品として成立するようにするには、トリッキーなバランスで演技を捌かなくてはいけないし、めちゃくちゃな結果になる可能性も大きかった。でも、あからさまに政治的な映画で、社会問題の被害者側の側面を扱うということは、問題に対して結果的に謙虚な対応をしているんだということに気が付いたんだ。これを悟ったのは撮影中だったけどね。ミアには正しいディレクションを色々と指摘してもらって感謝しているよ。

そしてストーリーに関しては脚本家のクリス・バーゴフが良い提案してくれた。舞台をクリスマスにしたらいんじゃないか、というのも彼のアイディアだったんだ。これは的確だったと思う。この国ではクリスマスは関心の有無に関わらず、皆、家族と一緒に過ごす習慣がある。でも、その日はトランスジェンダーの人達にとっては家族から追放され、疎外感を受ける日なんだ。サンタモニカ・ハイランド地区のトランスジェンダーのセックスワーカーにとって、家族と呼べるのは同じコミュニティの仲間だけ。それは悲しい現実だよ。

こんなに難しいテーマの映画の撮影だと、綿密なリサーチが必要だったと思うのですが、どのように進めていったのでしょうか。
長い時間と皆の協力のお陰だね。クリスも僕もストレートで、性転換をしていないシスジェンダーだし、白人の男性。つまりコミュニティでは完全な部外者だから、唯一の方法は真正面からコミュニティに向き合って、長い時間を掛けて、リスペクトを示すことから始まったんだ。僕らはまず見たり聞いたりしたことを参考にしながら、そのコミュニティでの作法を自分達なりに書き出して、それで大丈夫かどうか、トランスジェンダーの出演者であるミアとキタナ・キキ・ロドリゲスに確認してもらったんだ。彼女達からOKを貰った上で初めて撮影に望んだよ。ポストプロダクションの時も、編集のためにコメントを貰って、全てがコラボレーションの上で進んだね。劇中のサブストーリーになっているアルメニア移民のシーンについても同じように進めた。出演者のカレン・カラグリアンとアーセン・グレゴリアンは、アルメニア語で話すシーンの脚本をチェックして生きた表現にしてくれたよ。

映画を撮影する上で最も重要視している所は何でしょうか?
何よりもまずは登場人物。強いキャラクターの存在は、物語や技術的な部分よりも重要だと思う。

プロのキャストと素人を混ぜて起用していますが、どんな狙いがあるんでしょうか?
ダイナミックなものが生まれるからだね。初出演するキャストは、経験のある側から学びながら演じていくし、逆に経験のある役者は初出演するキャストの素朴さとか必死さみたいな点から影響を受けていくんだ。

過去の作品を観ても、ファッションについてもかなり意識されているように見えます。 ミアがいつもLOUIS VUITTONのバッグを持っていたり、キタナも街の他のセックスワーカーやストリートを歩いている人達よりも身なりに気を遣ったキャラクターを演じていますよね。
プロデューサーの一人、シー・チン・ツォウがコスチュームデザインをやってくれていたんだけど、撮影する場所が場所なだけに、出演するキャラクターのファッションは目に留まるようなものじゃないといけない、ということでしっかり力を入れていたんだよ。

2月にKENZOの依頼でアビー・リー・カーショウ主演のファッションフィルム『SNOWBIRD』を撮影されています。『TANGERINE』の後に依頼があったのでしょうか。ジム・ジャームッシュのようなテイストのファッションフィルムで、意図的にスタイリッシュに仕上げようとしていなくて斬新でしたが、リアクションはどうだったんでしょう。『TANGERINE』の後、監督としてのキャリアは変わりましたか?
そう、撮影の後、彼らの方からコンタクトがあった。今年の中で既に一番楽しかった仕事かもしれないね。ジム・ジャームッシュと比べられるなんて光栄だよ。無意識的に影響されていると思う。ファッションの世界からも好評だったよ。実はこの作品もIPHONEで撮影しているんだ。『TANGERINE』の後、幾つもオファーを受けているけど、今は自分の書いた脚本の映画に集中したいと思っている。というわけで、次の映画のための資金集めが一番の課題かな。もっと大きい金額を扱った作品も撮りたいね。低予算で映画を作るのはやはり難しいから。

過去と比べて現代における映画の役割は変わってきたと思いますか?
今は皆が当たり前のようにソーシャルメディアを使ってコミュニケーションをするようになった。これは認めざるを得ない事実だよね。僕自身もソーシャルメディアを使ってキャスティングや音楽を探すし、もちろん宣伝にだって使う。ソーシャルメディアによって映画を含めた全ての産業が変わったと思う。

古い時代の映画監督と自分の違いをどう思いますか?
時代が違うだけだと思ってるよ。

将来は何を撮影したいですか?
リアルな現実を撮影するという僕の得意分野で、フロリダに住む子ども達に焦点を当てたものを撮りたい。感覚を共有できるような人達と一緒に仕事をしたいね。商業性だけじゃなくて、作品の芸術性を大事にできるような人達と。

映画の仕事をしていなかったら何をやっていたと思いますか?
うーん。ラテを作るのには結構自信があるから、バリスタをやろうかな。

あなたにとって映画における「新しさ」とは何でしょうか?
いわゆる「コンテンポラリー」でいるための手法は沢山あると思う。技術的な部分だったり、音楽の使い方や扱う主題への取り組み方だったり、山程ね。僕は多分、歴史作品を今後も作らないと思う。好きなんだけどね。やはりアーティストは現代を、生きている「今」を代表するものだと思っているから。「今」についての作品は未来の世代にとって歴史であり、教訓にもなるはずだし、それはタイムカプセルみたいなものだと思う。


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SEAN BAKER, 2015 ©SEAN BAKER


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『STARLET』のポスター。主演のドリー・ヘミン グウェイ。
©SEAN BAKER


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『STARLET』のドリー・ヘミングウェイ(右)とベセドカ・ジョンソン。
STARLET, 2012 ©SEAN BAKER


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モデルのドリー・ヘミングウェイ(左)、そしてベセドカ・ジョンソンも映画への主演は『STARLET』が初だった。ベセドカは85歳の時にスカウトされ、初出演の本作における快心の演技で数々の賞を受賞し、1年後に急逝した。
STARLET, 2012 ©SEAN BAKER


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『STARLET』の撮影風景。
©SEAN BAKER


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『TANGERINE』の撮影風景。IPHONEで監督のショーン・ベーカー自らがキャストを追い掛けながら撮影。主演の一人、キタナ・キキ・ロドリゲス(上)は実際にトランスジェンダーで映画は初出演。
TANGERINE, 2015 ©SEAN BAKER


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大勢の撮影クルーが参加している『TANGERINE』以前の撮影風景。
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『TANGERINE』のポスター。
©SEAN BAKER


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『TANGERINE』のワンシーンより、サンタモニカの夕暮れの風景。
TANGERINE, 2015 ©SEAN BAKER


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